子供考

Reading Time: 1 minute振り返るとこども向けのコンテンツ開発にずいぶん携わってきたことに気づきました。
その多くは科学館、博物館用で、子供のユーザーをかなり意識してつくります。
子供の動きはこうなっていて、子供の理解の範囲はこのあたりかな、などなど。

さて、ヨーロッパでは中世ごろまでは子供という概念はなく、
小さい人という捉えかただったそうです。
子供は保護の対象ではなかったのでしょう。
ですから結構小さい時から普通に労働をしています。
小さいだけで同じ、人 として扱われていたということです。

小さいだけで同じ、人 として子供をほんとうに捉えて問題はないのか。
子供の動きを観察しているとどうもそうは思えません。
たとえば大人だと壁に向かって手などの操作をすると反応するというコンテンツにしても子供は壁を直にさわったり体を引っつけたりします。これは大人では見られない行動のひとつです。子供特有の走り回るという行動、これもおとなはしません。

大人は考えて、世間を見て、世間から見て世間体のもと行動するのとそうじゃない子供、この違いで見た場合、走り回るか回らないかの行動は世間が見ているというリミッターがあって大人はしないと説明できますが、壁を直にさわるという行為が世間からみたハシタナイというリミッターでは説明しくくなります。壁になにかがあると感じて即行動にでるのか、壁にしかけと考えずに天井あたりにあるカメラをみてあれがしかけとすぐに察するのか、そのあたりはインタビューをしていないのでわかりませんが、好奇心そのままに行動を大人はしないと考えれば説明がつくのでしょうか。おいおい考えていきたいテーマです。

等覚一転名字妙覚と星の王子様

Reading Time: 1 minute法華経のことばに「等覚一転名字妙覚」というのがあります。
等覚(仏になる覚り)の先に究極の覚り(妙覚)があるのではなく、究極の覚り(妙覚)は足下にあるという意味です。

デザインをしているとついつい西洋風なものになってしまいがちです。
大阪でデザインをしているから大阪風にするという意味ではありませんが、自身が吸収し、みている世界は大阪です。
足元、周辺を再度よく見つめ直し、その中で答えを感じ作り出せばおのずと足元に根をはった、実感のこもったものになるのではないか。そういうことをおもいおこさせてくれるいい言葉です。

いい言葉なので目に見えるところに貼っておこうとおもいます。
そういえば愛読書の「星の王子様」やパウロ・コエーリョの「アルケミスト – 夢を旅した少年」が同じことをいっていました。
古今東西で語られるとなるとこれは究極の真理なのかもしれません。

ミレービスケット

Reading Time: 1 minute阿倍野のスタンダードブックスによるとついつい書籍と一緒にレジ前のミレービスケットを購入してしまいます。
あきのこない味付けのビスケットで天日塩を使用しています。
天日塩は約2年かけて貯水池から結晶池にむかって海水をゆっくりと流していく方法でつくり、海水本来の風味をダイレクトに味わうことができます。

またビスケット生地にはブドウ糖がはいっているので
終日机にむかってプログラムを組むときにはとても脳の活性化によいのではとおもっています。

ちなみにスタンダードブックスで買うと183円ですが、アマゾンで買うと270円です。
あわせ買い対象商品なので単独ではかえません。
なにかのついでにどうぞ。

中世ヨーロッパの方法論と資産としての時間

Reading Time: 2 minutes中世ヨーロッパの大学では一冊の本が与えられ、完全に暗記するまでは次の本を読ませてもらえなかったそうです。
変動が激しく動きの早い現代でそのやり方をしていては問題や課題は解決できませんので、過去はそうだったということの事例としてしか意味のないエピソードです。
1994年から2004年の間でさえ、情報量は400倍にもなっています。

この間、インターネットがはじまり、メールが一般化されました。
2004年といえばmixiが登場しています。2004年から2018年の現在までにSNS関係やアマゾンなどに見られるネットショッピングの一般化とスマホの常態化がおこっています。
つまり2004年以後は400倍どころではないと推測できます。根拠になる資料が見当たらないのでこれはあくまで推測です。
さてこのエピソードとしての中世の方法論、つまり一冊一冊完全に暗記して次に進むという方法論は当時でも意味があったのでしょうか。
暗記というのはただ覚えるだけでなく、覚えることによって文脈の理解を深める効果は確かにあります。
日本国憲法の前文を中学生時代に丸暗記するという社会の授業があっていまでも時々諳んじながら、何かの討論番組で憲法の話になると前文ではこう書いてあってこう解釈できるんだという話で、そういう解釈はできるのかなとすぐにその場で考えることはできます。そういう意味で丸暗記は即時性という便利さを備えています。
別の例だと大学入試用の数学の問題はZ会の1,000問ほどの問題例と解答を覚えていたことで、これはこういう応用かと出題に対して対応できた記憶はあります。仕事柄javascriptやPHPを触る際もまさしくその延長で、この方式とこの方式の掛け合わせで対応できるかなというのは丸暗記の良さではあります。これはデザインする際も同じで、丸暗記は否定どころか肯定すべきことにおもえます。
さて、では1冊を暗記してから次に進むという方法論は時間がかかりすぎるので今は無理だとして、当時はそれで通用していたとするならばそこに資産としての時間というのがさほど重視されていなかったのかと推測できます。
急ぎの仕事はない、時間を短縮することのメリットはさほどなかったということです。
1995年くらいまでのデータのやり取りはMOにデータを焼いて電車や自動車で運んでいました。それでいまよりデザイン料は高かったのです。はやくする必要も今ほどはなかったような気がします。
たった20年でもこれくらい変わっています。
過去の歴史で時間が資産であったという例がないということです。
時間を資産として捉え、どう資産にしていくか、これは過去からは学べないということです。

色の効能

Reading Time: 1 minute物質に吹き付けられているアナログの ”色” は色材の抽出から得られ、色材は顔料や染料で、その産地情報や技術書は古くから多数のこっています。
産地を記した資料や技術書が多数残っている理由は人々が文化的に意識が高く芸術を愛したからというのではなく、色材の主な役割が医学的効能にある、つまりお腹が痛いのをなおす、など実用性があったからだといわれています。

色がただその耽美主義からの美しさ、癒し、モチベーションの源になって求められている部分は多少あるのかもしれませんが、それよりももっと現実的実践的な効能を人々は色材にもとめていたということです。

茜は黄疸に効き、石黄=雄黄は抜毛に聞くといわれています。ただ石黄は毒性があるため、いまは使用されていません。

科学が発展したためか、現代はあまり色に対して医学的な効能を求める感じはありませんが、それでも例えば青色発光ダイオードは鮮度を保つ効能があったり、自殺を防ぐのに青いライトを環境光として駅舎などにともすなどの効果は認めれられ、今後の活用を待たれています。
色は波長で、水分をたっぷり含んだ細胞は波長の海の中に漂っていると考えると色=波長を安易にかんがえるのではなく、色をどうコントロールするかでもっとよくなることはあるような気がします。

ハピネスの変遷

Reading Time: 3 minutes人は幸福になりたいからモノを買うといわれています。
商品をつくったり売ったりする側はその、なりたい幸福(ハピネス)を知りたいものです。
かつて幸福は消費を通してもたらされていました。
車、クーラー、テレビ、そういう家電などが家庭に入ることで、モノを通して家族間のコミュニケーションを取り、幸せを感じたものです。
消費のそのさきに幸福があるという時代です。
それがやがて「消費は幸福を支えるにいたらない時代」となり、いまは「幸福だから消費する時代へ」(『幸福の方程式』山田 昌弘 ディスカヴァー携書)とかわってきているのです。
もう少し詳しく説明しますと
◇戦後は基本的欲求   とにかく食べれればいいという時代です。
◇1950年代は雷同  付和雷同です。自分もテレビが欲しい、という価値観です。
◇1960年代は優越  隣のクルマが小さく見えます(サニー)というコピーの通り、高度経済成長の時代らしい見栄です。
◇1970年代は差別化 モーレツからビューティフルへ(ゼロックス)というコピーの通り、他人と違う物ものを手に入れたいという価値観です。
◇1980年代は主観化 くうねるあそぶ(セフィーロ)にみられるように自分らしい暮らし、価値観がメインになります。
◇1990年代は適正  いわゆる身の丈にあった暮らしです。
が幸福を感じる価値観の基本だそうです(『シンプルマーケティング』森行生  SHOEISHA)。
幸福だから消費する時代、つまり幸福感を与えてからでないと人々は消費に向かわない時代ということです。
まず消費者を幸福にしましょう。
そしてその幸福を持続するには消費(ご購入)をしていただかないといけません、という仕組みをどうつくるかということです。
キーワードはつながる、です。
幸福とはひととひととがつながりつづけることといまは解釈されています。
つながりは古くて新しいテーマです。
まず、つなげる。
つながりつづけるために、そのためにこそ消費するということです。
そういえばLINEのスタンプって結構売れていて、スタンプクリエイターにはそこそこの収入になっていたりします。
ユーチューバなども同じ共感ポイントでのつながりのプラットフォームであり、インスタグラムもそういうことだとおもいます。







ゴキブリがでてきたらすぐさまみんなで叩き潰すのが一番早い

Reading Time: 1 minute会社が小さかったころはゴキブリがでてきたらみんなで叩き潰します。
大きくなるとゴキブリはどういう生物か調べてみたり、退治する方法を研究してみたり、ゴキブリ退治の実行委員会をつくったりします。
気づいたら部屋中ゴキブリだらけになり誰も退治できなくなります。
これは業績不振でGEを追い出された元会長ステンペルのセリフです。

彼は歯がゆくその様子をみていたのでしょうか。組織が大きくなるとみんなで叩こうなんていう号令を聞いてくれなくなるのかもしれません。
零細企業、中小企業も例外ではありません。
ゴキブリがでてきたらすぐさまみんなで叩き潰すのが一番早いんです。
業務用ミラー最大手で旅客機の収納棚確認用鏡ではほぼ100%のシェアを占めるコミー株式会社はそうしています。

電話は炭水化物

Reading Time: 1 minute電話が無駄に長い人がいます。必要最低限のことプラスアルファくらいでいいのに、長々とお話をしていたりします。それはもはや仕事ではなく息抜きであり、会社にとってはコストになります。
なぜ長いのでしょうか。なかなか解決しないんでしょうか。なかなか伝わらないのでしょうか。
解決策として、立って電話をしてみましょう。
安藤忠雄さんの事務所はそうされているそうです。
経営者は通話時間のコストを原価に組み入れて考えてみるべきです。
携帯電話の通信費とその使用時間をコストにいれてみましょう。
営業経費として計上し、荒利から引いてみましょう。
電話をしていると仕事をしている気になるというモチベーションの効用を一度、数値にしてみましょう。実は社員は電話に逃げてるんじゃないでしょうか。
電話をしていると仕事をしているみたいにみえるから、いいカモフラージュにしているのではないでしょうか。
話しているとストレス発散になるという効用があるとすれば、そのストレスをなくすことの方が大事で、話すことでストレスを発散というのではストレスは本当は発散されていないのではないでしょうか。おなかが減ったときの炭水化物、です。
長電話は一時的なストレス発散にしかならないんです。なにも解決していません。