duckman – JUiCANDSEA

Adoが歌う『キューティーハニー』

Adoが歌うシリーズはとてもおもしろい。
ちょいちょい入るAdo様の悪魔の叫びがAdoであることを見せつけている。
たまにAdoは本当に人間なのかと悪魔が混ざっていないかと疑念を感じるが、まさにこの叫びの部分、切りつけるところが悪魔的でよい。
AIならではの表現で、Ado本人が歌うと本当にこうなるのか、ぜひやってほしい。
AIの楽しみ方のよい例。

オフライン時間への投資という需要

オフライン時間への投資がいまどきのキーワード。
ほぼ日手帳が海外で爆発的に売れているのはそういうこと。

紙に書く時間がイコール、オフライン時間になる。

ということはやはり質を楽しみたいということで、すこしお高いノートや手帳が売れるのだろう。
MIDORIのノートなども質が高いので、いまの大人な展開以外でももっと工夫をすれば売れるのではないか。
MIDORI casualシリーズとかで違う層にもアプローチをするなど。

モレスキンもかつて以上に手帳のバリエーションを出してきている。
ブラックピンクとコラボをしたり、ブラックウィング版をだしたり、不思議の国のアリス版をだしたり。
以前のモレスキンのサイトは結構しょぼかった記憶があるがいまはちゃんとマーケットよりになっている。

オフライン時間をどう利用させるかは供給側もデザイナーももっと考えた方がよい。

体軸ができている人とデザインは強く美しい

ドラマ『重版出来』で「体軸」ができているというセリフがでてくる。
体軸は体幹と違ってもっと内側の精神的な軸で、武道家などはかなり意識しているはずのものだ。

アマチュアスポーツで体幹指導と同じように体軸教育をするのかどうかは知らないが、柔道を以前していたときには確かに、正座、黙祷からはじまって、やめ、のあと立ち上がるまでの一連の動きのなかで、体軸を意識させられていたような気がする。

技の上手い人は組んだ瞬間にわかる。
体幹もそうだが、体軸もぶれていない。
体感的に重い。
投げられない。

体軸教育を子供の運動学習に取り入れているキッズウェルネスというのがあるが、子供の時からもそうだが、シニアにも、この体軸教育をしてほしい。

行動も運も全部この体軸から始まっているのではないかとおもうほど、最近の左も右も体軸がおかしい。

重心が常に真下(足裏のあいだ)にあるのが、人もデザインも強く美しい。

リカレントが日常にある世界

脳トレのつもりでtryを順番に視聴して自分でも解いてみたりしている。

トライイット

このレベルの内容を無料でしていただけるのはなんともありがたい。

gaccoは大学の専門講義並みに難しいが、こちらは中高の学習内容なので何度も聞けばわからない内容でもない。

だいたい間くらいにschooがあるようにおもう。これもながく愛聴させていただいている。

まさにリカレント、である。ありがたい、ありがたい。

社会のOSそのものが書き換わっている パーパス経営の本格化

パーパス経営、つまりなんのために企業は存在しているかという社会的な存在意義が本格化している。
これはカッコをつけて、また経営学者を食べさせるための話ではない。
あきらかに社会的な存在意義のない企業や組織は社会にいらない、消滅させられるという意味だ。

ホワイト社会が窮屈だ、だから都会から離れて田舎で暮らそうという逃走ももはや難しい。
SNSがここにはないのかというくらいおかしな地域がたまにあって、おかしなことになっているが
おかしなことでいられるのも時間の問題である。

ホワイト社会が再度ブラック社会やグレー社会、オフホワイト社会に戻るとは思えない。
宮迫あたりが再度芸能界に戻られたとしたら、再度オフホワイト社会への回帰ということになりそうだが、
彼が存命の間は無理かもしれない。

社会が一周するのに40年から50年かかるのが歴史の教訓だ。
宮迫はいま56歳なので100歳越えたあたりで、再度オフホワイト社会へ回帰し、芸能活動再開となるかもしれないが
下支えとしてAIが倫理の最低限を担うので、原理的に社会がオフホワイトへ回帰することはまずなさそうだ。

パーパス経営ができていない企業や組織は壊滅する、というのがAI社会=倫理資本主義の回答ではないか。
タイパや合理主義、最適化をよしとしてきたからこうなった。
そうそう三丁目の夕日、昭和の原風景にがもどれない。
そういいう地域をつくってそこで独立自活するしかない。

社会のOSそのものがもうすでに書き換わっていることにきづくべきだ。

ヒースの茂る荒れ地

心が疲れてきたら、ドビュッシーの「ヒースの茂る荒れ地」を。
荒れ地は英語でヒース。
「ヒースの茂る荒れ地」は「ヒースの茂るヒース」。

茂っているヒースはツツジ科エリカ属(Erica)やカルーナ属(Calluna)の低木という植物のことをさす。

ラジオ講座と蛍雪時代

たまたまYOUTUBEで見つけた懐かしい曲。
もうこの放送は終わっているし、当時の英文解釈の伊藤和夫先生や国語の林省之介先生などはまだご健在かと思って検索したら、伊藤先生はかなり前にご逝去され、林先生はまだご健在のようでなによりだ。

ついでに検索したら、蛍雪時代がまだ続いているのには少し感動した。
1932年からだからもう100年近く発行しているということだ。
ある種の意地を感じる。
素晴らしい。

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