ディベートとデザイン

Reading Time: 1 minute長年講師をしている専門学校で、ディベートをデザインの授業に取り入れる思考実験を今週から仕掛けていきます。
検証できるところまで昇華できれば万々歳。ディベートは松本道弘さんの方式(紘道館式)にそって、より科学的に、真理の追求、意思決定、問題解決をこころみます。
立論・尋問、作戦タイム、反駁をしていくなかで、初心者むけに作戦タイムをやや長めにとって試行錯誤を繰り返し、なんらかの意味あいが見つけられればと思います。

スカーレットのナラティブ

Reading Time: 1 minuteNHK連続テレビ小説「スカーレット」で三林京子さん演じる女中業のスペシャリスト、大久保のぶ子さんが隠し玉として内職のお金を戸田恵梨香さん演じる、ヒロイン・喜美子さんに手渡すシーンがありました。
喜美子さんの父、北村一輝さんが娘を訪ねにきたその日に、父娘が久しぶりの再開をはたしている、その場でです。喜美子さんは自分のしていた雑用が内職とは知りませんでしたので驚きは隠せません。
急にたずねてきた父親の様子を察してなのか、たまたまのタイミングなのかわかりませんが、そういうどちらともわからない空気感をちゃんと伝えている丁寧な演出はナラティブ性が非常に高く感じます。
あそこで大久保さんが察しているような表現をしないからこそ、見ている人は自分で目の前の物語に意味づけをし補完していくことができます。
自分ごとになれる、ナラティブが高い演出は視聴者をグイグイとドラマの中に引き込み、結果、ファンを形成します。
ドラマの演出論を偉そうに語るのは門外漢として憚れますが、コンテンツ制作を生業にしているものとしてはこういうナラティブで細かい表現、ストーリーがあると変に嬉しくなるものです。

勝者の指標、鉄の投入量

Reading Time: 1 minute最近、経営実務や分析の世界でKPIが話題になっています。KPIとは重要業績評価指標のことで、どういうものさしをもって評価するかということです。
指標をもたずにやみくもにがんばるのではなく、指標を設けて定量化し、比較検討し、その上で施策をだそうということです。
これは今に始まったことでなはく優れた戦略家は以前からしてきたことです。

かつて日本陸軍の参謀で戦略家の堀 栄三は『大本営参謀の情報戦記』で当時の戦闘の趨勢をはかる指標は鉄量であると記しています。
戦争に勝つのは戦場に投入される鉄量が多い方だということです。
この発見で日本軍はどうしたか。

日本は鉄量戦では勝てないので、鉄量に影響されない戦闘法に切り替えたのです。
これをビジネスの世界で考えると、ビジネス弱者はいまある勝者の指標を明確にして、勝者の指標そのものを無効化する戦略をたてる、違う指標で戦うということになります。
そういう目でみていくとなかなかおもしろい現象を最近特にあちらこちらで見ることができます。
ここでそれを明記するのは戦略的に正しいとは言い難いのでふわふわさせて切り上げたいとおもいます。

データの量、情報の量と生活の質

Reading Time: 1 minute世界のデータ量は年率で60%拡大しています(IDC社推計)。
データと情報の関係をIDCはどう考えているのかわかりませんが、データがないことには情報にならないので、データ量が増えているということは情報もいくらか増えていると考えるのが妥当かとおもいます。
その情報の中にはバッファローのルーター設定詳細の、ある変更でうまくいったこととか、プラズマディスプレイとWindows10での相性の問題とか、Wordpressでのプラグインでのちょっとしたチップスなんかも含まれているのでしょうか。
私はそれについて誰にも報告していないし、検索してもでてこないので、多分含まれていないはずです。
どういう算出方法かわからないのですが、少なくとも60%のデータ増加と情報増加には私の情報は含まれていませんから、現実には60%以上と考えられるでしょう。
さて、そういう情報の増加は結局、生活の質の向上につながっているのかということが本当は気になります。
データ量が少ない方が質が上がるという実証研究成果もまだ見たことがないので、データの量、情報の量と生活の質の関係については今後のビッグデータでのいろんな研究リポートを横目でみていこうとおもいます。大事なのはいまこのときの充実度合いなのであくまで横目での確認です。

疋田桂一郎のフレームワーク

Reading Time: 1 minute大学新聞社のサークルに所属していた時分、何度も写経したのが疋田桂一郎氏と深代惇郎氏の文章です。
特に疋田氏の『新・人国記』の「青森県」は名文でまだ読んだことのない方にはぜひ一読してほしい文章です。
せっかくなのでここで頭出しを紹介しておきます。

雪の道を角巻きの影がふたつ。
「どサ」「ゆサ」
出会いがしらに暗号のような短い会話だ。それで用は足り、女たちは急ぐ。
みちのくの方言は、ひとつは冬の厳しさに由来するという。心も表情もくちびるまで こわばって「あららどちらまで」が「どサ」「ちょっとお湯へ」が「ゆサ」。ぺらぺら、 くちばしだけを操る漫才みたいなのは、何よりも苦手だ。

こぎみよい文章のリズムと情景が広がる表現、適度な漢字とひらがなのバランスと体言止め。いまでも彼の天声人語時代の文章は好きで何度も読んでは自分のフレームワークになるようにしています。

7つのトリガー

Reading Time: 1 minuteダイレクトレスポンスマーケティング分野の第一人者、ダン=ケネディ(先日65歳の若さで亡くなられました)氏の著作や動画を見ていると非常に勉強になります。
購入の際のトリガー、つまり購入のきっかけとして彼が上げている7つのポイント(主要なドライバー<駆動装置>は50ほどあるみたいですが。)をちょっと備忘録として書き留めておきます。
1.恥ずかしい状態をつく 〜見劣りする車、負け組、贅肉のついた体など〜
2.感情的な痛みは現実的な痛みより強力である 〜懐に余裕がない、恋人に振られた、家主にでていけといわれたなど〜
3.相手の憤り、怒り、反感の状態に入り込む 〜
4.神秘性でつつむ 〜
5.リベンジ、汚名挽回 〜
6.恐怖・不安をあおる 〜
7.欲・なまけごころにつけこむ 〜
順不同

ともだちのMAX値

Reading Time: 1 minute科学的には150人、中国の客家の教えだと50人、メンタリスイトのDaiGoの経験だと30人。友達のMAX値です。ともだちとはなんだろう。

等覚一転名字妙覚と星の王子様

Reading Time: 1 minute法華経のことばに「等覚一転名字妙覚」というのがあります。
等覚(仏になる覚り)の先に究極の覚り(妙覚)があるのではなく、究極の覚り(妙覚)は足下にあるという意味です。

デザインをしているとついつい西洋風なものになってしまいがちです。
大阪でデザインをしているから大阪風にするという意味ではありませんが、自身が吸収し、みている世界は大阪です。
足元、周辺を再度よく見つめ直し、その中で答えを感じ作り出せばおのずと足元に根をはった、実感のこもったものになるのではないか。そういうことをおもいおこさせてくれるいい言葉です。

いい言葉なので目に見えるところに貼っておこうとおもいます。
そういえば愛読書の「星の王子様」やパウロ・コエーリョの「アルケミスト – 夢を旅した少年」が同じことをいっていました。
古今東西で語られるとなるとこれは究極の真理なのかもしれません。

人間の目は5億7,600万画素

Reading Time: 1 minute
ロジャー=N=クラーク氏によると人間の目は5億7,600万画素だそうです(人間が見分けられなくなる最小の幅を0.59分(60分=1度)として計算)。
最高峰のデジタルカメラで7,500万画素ですから、解像度の高さはデジタルのはるか上をいっているということです。

ただ画素数が増えるだけだと受光面積は小さくなりますから(受光素子に外枠があるので、分割すればするほど受光部分は小さくなります)必ずしも画素数が大きい=解像度が高いというわけではありません。

ちなみに地平が完全に水平の場合、目は最大でおよそ50km先まで見えるそうです。
センサーとしての人間のポテンシャルは思った以上に高いのかもしれません。

中世ヨーロッパの方法論と資産としての時間

Reading Time: 2 minutes中世ヨーロッパの大学では一冊の本が与えられ、完全に暗記するまでは次の本を読ませてもらえなかったそうです。
変動が激しく動きの早い現代でそのやり方をしていては問題や課題は解決できませんので、過去はそうだったということの事例としてしか意味のないエピソードです。
1994年から2004年の間でさえ、情報量は400倍にもなっています。

この間、インターネットがはじまり、メールが一般化されました。
2004年といえばmixiが登場しています。2004年から2018年の現在までにSNS関係やアマゾンなどに見られるネットショッピングの一般化とスマホの常態化がおこっています。
つまり2004年以後は400倍どころではないと推測できます。根拠になる資料が見当たらないのでこれはあくまで推測です。
さてこのエピソードとしての中世の方法論、つまり一冊一冊完全に暗記して次に進むという方法論は当時でも意味があったのでしょうか。
暗記というのはただ覚えるだけでなく、覚えることによって文脈の理解を深める効果は確かにあります。
日本国憲法の前文を中学生時代に丸暗記するという社会の授業があっていまでも時々諳んじながら、何かの討論番組で憲法の話になると前文ではこう書いてあってこう解釈できるんだという話で、そういう解釈はできるのかなとすぐにその場で考えることはできます。そういう意味で丸暗記は即時性という便利さを備えています。
別の例だと大学入試用の数学の問題はZ会の1,000問ほどの問題例と解答を覚えていたことで、これはこういう応用かと出題に対して対応できた記憶はあります。仕事柄javascriptやPHPを触る際もまさしくその延長で、この方式とこの方式の掛け合わせで対応できるかなというのは丸暗記の良さではあります。これはデザインする際も同じで、丸暗記は否定どころか肯定すべきことにおもえます。
さて、では1冊を暗記してから次に進むという方法論は時間がかかりすぎるので今は無理だとして、当時はそれで通用していたとするならばそこに資産としての時間というのがさほど重視されていなかったのかと推測できます。
急ぎの仕事はない、時間を短縮することのメリットはさほどなかったということです。
1995年くらいまでのデータのやり取りはMOにデータを焼いて電車や自動車で運んでいました。それでいまよりデザイン料は高かったのです。はやくする必要も今ほどはなかったような気がします。
たった20年でもこれくらい変わっています。
過去の歴史で時間が資産であったという例がないということです。
時間を資産として捉え、どう資産にしていくか、これは過去からは学べないということです。