Think of|制作の周辺

THINK of | 制作の周辺

ソーシャルグッドな取り組みを

現代の資本主義は、私たちの思考を支配する「文脈」そのものだ。
深井龍之介氏が指摘するように、それは労働力の市場化、金銭動機への一元化、価値の数値化、生産人口への依存、資本の自己増殖という5つの特徴に規定されている。

このシステムは物質的な豊かさをもたらしたが、今や「本当に意味のある指標の欠如」という壁にぶつかっている。
近年、環境や社会への配慮を測る「ESG投資」が注目されているのも、従来の金銭的リターン以外の指標をシステムに組み込もうとする、資本主義の機能補正の表れと言える。

本能で動く「真社会性」の蟻とは違い、人間は信頼や倫理を共有して協力する「超社会性」の生物だ。
しかし、この超社会性に根ざした幸福の指標はいまだ未確立であり、物差しがないゆえに富の分配や最適化が機能不全に陥っている。

上からの制度や投資マネーの変革を待つだけではなく、私たちは足元から動くべきだ。
ソーシャルグッドな取り組みを自ら提示し、互いに見せ合う草の根の可視化。
この相互開示こそが、ESGの精神を真に血の通ったものにし、資本主義の次なる文脈を紡ぎ出す第一歩となる。

学者はだいたい悲観論者

AIとどう付き合うかを研究者と活用者で議論している。
噛み合っていない部分は視点の違いなのかなとおもう。
研究者は人間があらたにあたらしいことを発見できなくなるという危惧をもっているが
そもそもあたらしいことを発見できなくなるとなぜ言いきれるのかの根拠がわからない。
これはテレビがでてきたときに一億総白痴化といった話とにているのかもしれない。
一億総白痴化といわれた後、昨日亡くなられた利根川進さんなどの人がでてきているので、どの状況であれ、人間はその環境にあわせて進んでいくのではないかとおもう。
学者はだいたい悲観論者なので、そのあたりを踏まえて話を聞いた方がよい。

眼鏡クリーナーに隠された「日本クオリティ」の罠と真実

毎日何気なく使う眼鏡クリーナー。
ある日、別の製品を使ったとき、レンズの隅に残るわずかな水滴に違和感を覚えた。
調べてみると、お馴染みの小林製薬の製品には「イソプロピルアルコール(IPA)」、他社製には「エタノール」が使われていた。
どちらも石油の「ナフサ」から生まれる兄弟のような存在だが、その性質は大きく違う。
IPAは安価で油汚れに強い反面、毒性や揮発性が高く、扱いが難しい素材だ。
しかし日本の高い技術は、完璧な気密性を持つ個包装によって液の乾燥を防ぎ、拭き跡を残さない極上の快適さへと昇華させていた。
見えない部分に投資を惜しまない「日本クオリティ」の真髄がそこにある。
ここでふと思う。

「原材料が安いIPAなのに、なぜ他社より高いのか。どうせ広告宣伝費のせいだろう」という先入観を少し抑えて、自分の頭で調べ直してみる。
すると、安価な素材の短所を高度なパッケージ技術で補うという、知らなかったメーカーの真摯なものづくりの思いに辿り着いた。
しかし同時に、私たちはこれほど緻密な技術の価値を、あまりにも「安く」手放しすぎてはこなかっただろうか。
「良いものをどこまでも安く提供する」というかつての美学は、今や日本経済を縛る呪縛となり、現場の豊かさを阻む原因になっている。

物売りから「体験の提供」へ。
この埋もれた価値を魅力的なストーリーとして伝えた方が人はその体験とおもいを共有し、いい方向に流れるような気がする。

弁護士は中立ではない

弁護士は中立ではない。
法の下の平等という言葉と中立という言葉をごっちゃにした勘違いである。
「法の下の平等」はすべての人を同じルールで裁くことを意味し、「中立」は特定の立場に肩入れしないことだ。
法の下の平等は不当な差別を禁じる一方、必要に応じて格差是正(実質的平等)を求めることも可能であり、一見似て非なる概念である。

こういう勘違いから弁護士は中立的な立場にたって、正義のもと、客観的な判断をしてくれるはずだ、そう信じたいのに、という不満が生まれる。
弁護士はあくまで依頼者のために仕事をこなす。
だからこそ、逆に中立ではない判断をし、相手側を完膚なきまでに断罪しようとする。
良心にとがめるものがあれば和解をおすすめするか、場合によっては弁護士をおりる。

弁護士の活動はあくまで依頼事案に対してである。
長期的視野で依頼者の利益になるかとうかは依頼者の経営判断の問題である。
弁護士は依頼された案件のみについて適正に対応する。
顧問弁護士の場合、経営者とご相談するのかもしれないが、最終判断はあくまで経営者だ。
弁護士は経営コンサルではない。

いまどき、情報だけなら弁護士・法務向けの有償オンラインライブラリであるBUSINESS LAWYERS LIBRARYが「ジュリスト」のバックナンバーを収録しており、「AIアシスタントで検索する」機能が搭載されているので、判例は簡単に調べられる。
弁護士.comもある。

問題が発生して、どういう判断をしたらいいのか、いまはAIを駆使することで大まかに理解、対処できる。
いざ裁判となったときだけ、味方側の代理人、執行人として実務者としての弁護士を雇えばいい。
間違っても、おおきい経営判断にかかわりそうなことを弁護士にさせるべきではない。

フジはなぜ大きい判断を常に外部にまかせるという考え、方針なのか、どうも理解できない。
現場には大人がいないのか。
タレント同士のいざこざなど大企業にとってはたいしたことではないとみているのか。
ドラマにもバラエティにもでてくれなくなるぞ。
ピンチはチャンスなので
AIで俳優をつくるという一番新しいドラマ制作体制に移りたいのか。

ロールキャベツ

オッケー!がやたらでてくる。
サンキューもよく目にする。
マジで? ヤバーい、もよく見る。
大阪のおばちゃん、ということばにあめちゃんと返す。

チェアリングがメインの話。

ロールキャベツはそういう小説。

様々な障害と作者はいっているが、障害というほどではない。
何にも起こらない。

癒し系を読書に求めるひとむけ。
文学性は対比である、という定義があるようだが、そうなるとロールキャベツには対比はみあたらないので文学、ではない。
かといって、ドキュメントでもない。
LINEの書き込みを見ている感じに近い。

マカン・アンギン

Makan angin(マカン・アンギン)はマレー語で、気分転換に出かける、散歩にでる、直訳すると 

風を食べる

となる。
とてもおもしろい感覚である。
散歩はたしかに風にあたる。
食べるという感覚はなかったが、そういう風にいわれるとそういうイメージで散歩にでかけたくなる。
言葉が世界観をつくるという意味をあらためて感じる。

Casio F91Wはテロの証

ウサーマ・ビン・ラーディン(イスラム過激派テロ組織アルカイダの司令官)を撮影した写真や映像に、CASIO F91Wモデルが多く確認できる。
またアルカイダなどのテロ組織が即席爆弾(IED)の時限装置としてこの時計の回路を流用していた経緯に由来し、Casio F91Wは「ビンラディンモデル」の別名で呼ばれることがある。

Casio F91Wは性能としても極めて優秀で電池寿命7年を公称しているが、20年止まっていないものも発見されている。
しかも時間のずれは20年で6分。

ドラマや映画で登場人物がCasio F91Wをつけていればテロに関係する人間という描き方として投入されているとみていい。
ただそのような描き方は企業イメージを損なうので実際はそこは無理ではないかなとは思う。

ただ、そうでなくたまたま登場人物がCasio F91Wをつけているとすればなんの考察もない、解像度の低いコンテンツだということはいえる。

Ballet Mécanique

Ballet Mécaniqueは1924年の前衛芸術映画で、この映画にインスパイアされた坂本龍一の楽曲の方が私には馴染みがある。
こういう前衛芸術はやる気はあるがどうしたらいいかわからないといった思いをぶつけられているような感じで、もう眺めているしかないのかなとおもってしまう。

いったんやってみたのでここからなにかあったらどうぞということなのか。
なぜ坂本龍一さんはこの楽曲を中谷美紀さんに提供したのか、いまだにわからない。
もともとは岡田有希子さんのための楽曲なのでそんなに意味はなかったかもしれない。

ぺんてるのHybrid

希代のイラストレーター寄藤文平さんを支えているのが、ぺんてるのHybridボールペン 。
たしか彼は描き始めるまでに1分ほどならすそうで(長くないか)、私も真似をしてまとめ買いしてつかっている。
絵のタッチは寄藤さんと私とでは全然違うが、一流がいいというのだから使ってみる価値はある。
このボールペンは独特の粘着の強いインキで、文字は書きにくいが、絵を描くにはいい味がでる。

一度この手のボールペンの描き比べをしてみるとおもしろい。