マカン・アンギン

Makan angin(マカン・アンギン)はマレー語で、気分転換に出かける、散歩にでる、直訳すると 

風を食べる

となる。
とてもおもしろい感覚である。
散歩はたしかに風にあたる。
食べるという感覚はなかったが、そういう風にいわれるとそういうイメージで散歩にでかけたくなる。
言葉が世界観をつくるという意味をあらためて感じる。

Casio F91Wはテロの証

ウサーマ・ビン・ラーディン(イスラム過激派テロ組織アルカイダの司令官)を撮影した写真や映像に、CASIO F91Wモデルが多く確認できる。
またアルカイダなどのテロ組織が即席爆弾(IED)の時限装置としてこの時計の回路を流用していた経緯に由来し、Casio F91Wは「ビンラディンモデル」の別名で呼ばれることがある。

Casio F91Wは性能としても極めて優秀で電池寿命7年を公称しているが、20年止まっていないものも発見されている。
しかも時間のずれは20年で6分。

ドラマや映画で登場人物がCasio F91Wをつけていればテロに関係する人間という描き方として投入されているとみていい。
ただそのような描き方は企業イメージを損なうので実際はそこは無理ではないかなとは思う。

ただ、そうでなくたまたま登場人物がCasio F91Wをつけているとすればなんの考察もない、解像度の低いコンテンツだということはいえる。

Ballet Mécanique

Ballet Mécaniqueは1924年の前衛芸術映画で、この映画にインスパイアされた坂本龍一の楽曲の方が私には馴染みがある。
こういう前衛芸術はやる気はあるがどうしたらいいかわからないといった思いをぶつけられているような感じで、もう眺めているしかないのかなとおもってしまう。

いったんやってみたのでここからなにかあったらどうぞということなのか。
なぜ坂本龍一さんはこの楽曲を中谷美紀さんに提供したのか、いまだにわからない。
もともとは岡田有希子さんのための楽曲なのでそんなに意味はなかったかもしれない。

ぺんてるのHybrid

希代のイラストレーター寄藤文平さんを支えているのが、ぺんてるのHybridボールペン 。
たしか彼は描き始めるまでに1分ほどならすそうで(長くないか)、私も真似をしてまとめ買いしてつかっている。
絵のタッチは寄藤さんと私とでは全然違うが、一流がいいというのだから使ってみる価値はある。
このボールペンは独特の粘着の強いインキで、文字は書きにくいが、絵を描くにはいい味がでる。

一度この手のボールペンの描き比べをしてみるとおもしろい。

ガラスペンはインクの味わい

ガラスペンはつけペンのうちの一つで、仕事の合間に遊びで絵を描いてみたりして楽しんでいる。
インクのしみ込み具合に味わいがあり、描いている時間こそが生きる楽しみだったりする。

ガラスなので、しなりがない。
インクで表現をこころみる。

ペン自体のおかしみはその彫刻的美しさにつきる。
インクは掠れ具合をたのしめる。
水彩インクや香りのしみ込ませたインク、あぶり出しのインク、金、銀のラメインクなど、ガラスペンならではの風味がある。

インクの表情を楽しむにはいい筆記具のひとつである。

ぜひお試しあれ。

佐々木小次郎のキャラクターアーク

「バガボンド」の佐々木小次郎が嫌いだ。

どう解釈すれば佐々木小次郎に魅力を感じられるのか。
性格は純粋無垢というが、それがなにか?としかおもえない。

宮本武蔵と並ぶ主人公といわれてもなぜ主人公なのか、ピンとこない。

佐々木小次郎をどう描きたいのか。
敵ではない人を無闇に殺していたわけではないから、戦場だから無罪放免、という理屈なのか。
殺すことを喜びにしている登場人物にどう寄り添えというのか。

佐々木小次郎のキャラクターアークはどうなっているのか。
心の動きはどうなっているのか。

いまの時代とあまりにも違うから、理解できないのか。
逆に佐々木小次郎のよさを知りたいが、なんだろうか。
よさはないけれど準主人公なのか。
なんなんだ、こいつは。

scottie、花への回帰

scottieティッシュボックスは縞々のデザインにした際のコンセプトは花だそうだ。

日本で華やかは非日常(ハレ)で、非日常の風景には赤白の縞々、黒白の縞々、水引の縞々があるので、縞々は花であるという三段論法だ。
当時、花をティッシュボックスに描くのはダサいので、花のコンセプトとしては縞々の方が上品だということで縞々になったと聞く。

時を経て、いまscottieティッシュボックスは花のデザインも追加されるようになった。

日本はダサくなったのか。
多様性への配慮か。
そのあたり日本製紙クレシア株式会社の見解を聞きたい。

フランシスは豆の煮込みの味

フランシスという名前には「豆の煮込みの味がする」そうだ。

共感覚者の意見である。

共感覚とは五感のうちのひとつが刺激されるとその感覚ともうひとつ別の感覚も反応するという現象をいう。
2万人(2,000人にひとりという推定値もある)にひとり、それを感じる人がいるそうで、ねこは青、子猫は黄緑とか、ひどい頭痛はぎらぎらするオレンジ色だとか、不思議な感覚をもっている。

彼らが描く世界は独特で「あなたの文字や数字はなにをするの?」という不思議な質問がでてきたりする。

そういう感覚ってものをつくる職業人としてはとてもうらやましいとおもったりするが、かなり癖のあるアーティスティックなデザインになってしまうとすれば商業デザイナーとしてはつかえないかもしれない。

参考文献『ねこは青、子ねこは黄緑』パトリシア・リン ダフィー (著), Patricia Lynne Duffy (原著), 石田 理恵 (翻訳) 早川書房

大人の図鑑シール

大人の図鑑シールというマニアックなシールがある。
医療機器や細胞、世界の不思議など取り上げる分野が確かに大人だ。

どこに貼るのか、誰が購入しているのかピンとこないが、いいセンスだなとおもう。
病院のベッドにおばあちゃんがナースコールなどのシールをはっていたら吹き出すかもしれない。