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動きの設定値

シュザンヌ=ランガー(Susanne K. Langer)によれば芸術の原点はダイナミック・イメージだそうだ。
まさに動的な何かは人間に限らず、主人との再会の喜びに我を失い踊るオカメインコやオウム、猫や犬にもみられる。
そうなると芸術は生そのものであり、それを素直に表現する行為がダイナミック・イメージといえる。
さて私たちは冷静な大人になってさえ、動くものに興味を抱く。
ショップの誘導もそう。動きを感じさせるような矢印や店員の挙動が客を引き寄せる。
手の招き方ひとつとっても、なめらかな動きはことさらに美しく、こころをほどいていく。
動くものはみないとをかしい。

ところで動けばなんでもいとをかしなのか。
読めないくらいのスピードで文字が流れても不快なだけで、かといって動いているのかいないのかわからないくらいのスピードで文字が流れていても苛立つ。
適度なスピード、ここちよい揺らぎがそのものに対して存在すると考えた方がいい。
物自体に適正な動きの設定値が属性としてある、ここを解析するともっと快適な世界に最適化されるのではとおもう。

令和考

令和は最初の元号、大化から数えて248番目の元号である。

「万葉集」の巻五、梅花(うめのはな)の歌三十二首の序文を典拠としている。
社団法人 日本流行色協会(JAFCA)は令和の発表に際し、
慶祝カラーとして梅、菫、桜の三色を選んだ。

梅のカラーは日本の伝統色にある梅紫紅梅色などの梅の色からは採用していないようだが、元号にゆかりのある菅原道真にちなんで、
飛梅色なのだろうか。

梅花謌卅二首并序
天平二年正月十三日、萃于帥老之宅、申宴會也。于時、初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。加以、曙嶺移雲、松掛羅而傾盖、夕岫結霧、鳥封穀而迷林。庭舞新蝶、空歸故鴈。於是盖天坐地、促膝飛觴、忘言一室之裏、開衿煙霞之外、淡然自放、快然自足。若非翰苑、何以攄情。詩紀落梅之篇。古今夫何異矣。宜賦園梅聊成短詠。
梅の花の歌三十二首、并せて、序
天平二年一月十三日、帥老の宅に萃ひて、宴会を申ぶ。時に初春の令月にして、気、淑く、風、和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす。加以、曙の嶺に雲移り、松は羅を掛けて盖を傾け、夕の岫に霧結び、鳥は穀に封ぢられて林に迷ふ。庭に新蝶舞ひ、空には故雁帰る。是に天を盖にし、地を坐にし、膝を促けて觴を飛ばし、言を一室の裏に忘れ、衿を煙霞の外に開き、淡然として自ら放し、快然として自ら足りぬ。若し翰苑にあらずは、何を以てか情を攄ベむ。詩に落梅の篇を紀す。古と今と、夫れ何ぞ異ならむ。宜しく園梅を賦して、聊か短詠を成すベし。

令月には何事をするにもよい月という意味がある。
いい節目になりますように。

データの量、情報の量と生活の質

世界のデータ量は年率で60%拡大している(IDC社推計)。
データと情報の関係をIDCはどう考えているのかわからないが、データがないことには情報にならないので、データ量が増えているということは情報もいくらか増えていると考えるのが妥当かとおもう。
その情報の中にはバッファローのルーター設定詳細の、ある変更でうまくいったこととか、プラズマディスプレイとWindows10での相性の問題とか、Wordpressでのプラグインでのちょっとしたチップスなんかも含まれているのか。
私はそれについて誰にも報告していないし、検索してもでてこないので、多分含まれていないはずである。
どういう算出方法かわからないが、少なくとも60%のデータ増加と情報増加には私の情報は含まれてないから、現実には60%以上と考えられる。
さて、そういう情報の増加は結局、生活の質の向上につながっているのかということが本当は気になる。
データ量が少ない方が質が上がるという実証研究成果もまだ見たことがないので、データの量、情報の量と生活の質の関係については今後のビッグデータでのいろんな研究リポートを横目でみていこうとおもう。
大事なのはいまこのときの充実具合いなのであくまで横目での確認で十分である。

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