duckman – ページ 3 – JUiCANDSEA

本音ではなそう、は詐欺師の常套手段

詐欺師がよくつかう手に

”本音ではなそう”

があるそうだ。

そういえば過去、詐欺師、もしくはそれに準ずる人の口癖に

本音でいうと、
とか
本音ではなそう、

はあった。

芸人の西○の動画をみると、確かにとおもった。

本音ではなそう

とすると、それを言い出した側の土俵で事を運ばされるから、だそうだ。

確かにどういう話をするにせよ、土俵が相手側ならその土俵の中で踊らされる事になる。
大阪だと マジなはなし!だろう。

その時の顔、つまりマジな話な、を言っている人の顔を思い浮かべると、本当に醜い顔をしている。
醜いというのはこのことかと思うほど醜い。

詐欺師の常套手段はよく観察しておいた方がよい。

もちろん、自分が使うのなら、その時点で詐欺師になったという痛恨の極みを感じるべきである。

今の世の中、デジタルタトゥーは消せない。
一生悔い改めても、もう戻ることはできない社会だと認識すべきだ。

あいつは詐欺師だ、というのはこの社会では消せない。

1分62万円強の国会経費を可視化すればよい

報道や公開されている資料によると、国会の運営にかかる経費は、1日あたり約3億円という情報が複数見られる。

この「1日あたり3億円」という情報を元に単純計算すると、1時間あたりの費用は3億円 ÷ 24時間 = 1,250万円
1分あたりの費用は1,250万円 ÷ 60分 = 約20万8千円

となる。
1日24時間、国会をしているわけではないので、1日8時間で計算しなおすと

62万円強となる。

さて、1分、62万円強をかけてする質疑応答か、ということを可視化すればいかに無駄な時間をつかってお金を溶かしているのかがよくわかるのがいまの国会である。
画面下に累積カウンターと備考をAIでつければもっと可視化されるのではないかと本気でおもってしまう。

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現在 1日:累計 6,200万円 支出
会期累計:30億6,200万円

現在の〇〇党〇〇議員 質疑応答 3分:186万円 
成果:クマ対策に善処 具体策なし
代替案比較:クマを捕獲・駆除した場合に支払われる費用平均値 2万円 93頭駆除に相当 
AI備考:クマ捕獲・駆除の費用にあてるべき  質問は的確に 厳重注意に該当

経済対策施行目標日:−10日遅延 遅延発生アラート発生 〇〇党〇〇議員 厳重注意2回 残1回 残0回にて違反者リストに追加 公開
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さっさと経済対策を話し合い、解決策を決定し、実行指示しろ。
景気のいい時代のように政治ごっこ、駆け引き、そのようなことをしている時間はない。
できないなら去れ。

水石文化

南北朝時代から続く水石(すいせき)という日本の伝統文化がある。

盆栽のいきつく先らしいが、あまり話題になった記憶がないので一般的にはなじみがないようにおもう。
中国から伝わった鑑賞石が日本独自に発展してきたようだ。

意識してみると日々見える風景も違ってくる。
日常のなかで石を意識してみるのもおもしろい。

記者だかなんだかを一枚かましているのはおかしい

プリントパックは指定された印刷物を印刷してお届けるする会社で、デザインしたい商品から進み、デザインテンプレートをお選びくださいという案内はするが、どの商品が適切か、どのテンプレートがいいか、文章はこれ、ロゴはこれなどの作業は誰かがプリントパックに指示しないといけない。
プリントパックは印刷するだけだ。

通常はデザイナーか、それに準ずるデザイン業務が理解できている人がする。

ここでジャベクリしている新聞記者は間に中抜きがいてお金を抜いている、とイメージをもっていて、一枚かましているのはおかしいとおもっているのだろうが、デザインをバカにするのもいい加減にしなさいといいたい。

じゃあ、新聞を印刷する印刷工場と行政や政府の間に記者だかなんだかを一枚かましているのはおかしいといったらよいのか。
行政や政府の発表物はたいていpdfでまとめているので、それを事務の人が新聞の印刷工場に送信したらいいので、記者はいらないはずだ。

プリントパックやグラフィックは対人ではない。
適当にやっといてと電話して丸投げするものではない。

町の印刷やさんは今まで通りで、うまくやっといてといえばやっといてくれるかもしれないが、そもそもネット印刷をつかうのは極力安くできる、人を介さない、夜間や休日でも対応してくれるという利点があるから利用するのであって、町の印刷やさんでさえ、増刷りでない限り、レイアウトを変えてや、文字を修正して、ロゴをいれて、写真をかえてなど、製品自体を触ることはしない。
瑕疵の際の責任問題がでてくるから当然だ。
ものの実態をしらない記者はもうすこしちゃんと調べて発言した方がよい。

維新を応援しているという意味ではない。
こういうオールドメディアの無知が最近異常に目立っていないか。

これを中身のすりかえでうんぬん、というとまた別の話がでてきたりするが、それはそれでその話をすればよい。

話をまぜるのな、である。

図を書きながら、遷移をお互い見ながらしゃべればよいのか。

そんなにも新聞記者はバカなのか。

ネット印刷とデザイナーとの関係をちゃんと理解していたら、余計な話に迷い込んだり、一枚かましてなどの話にもならないのではないか。

時代の流れ、社会の仕組みについてオールドメディアは明らかについていけていない。
おそらく脳が硬化していて、数十年前の『8時だよ全員集合!』あたりでとまっているのだろう。

新聞記者が指摘する点はあくまで、その額が不自然だったり、役割がおかしい、流れがおかしい、使ってはいけない内容で使用されているなどの点で、全く指摘すべきことを精査していないから、ああいうわけのかわらないおしゃべりになってしまうのだ。
あれはおしゃべりにしかなっていない。

その割に新聞記者の給与は異様に高いので、俺たちが社会を回しているとおもいこんでいる。
新聞記者の月給は一般給与くらいにして、節約生活をさせた方がよい。
思い上がりが学びを忘れるのだ。

学習3

勉強の意味を説明しないといけないくらい、飽食の時代ということか。
グレゴリー・ベイトソンのいうところの「学習3」をちゃんと説明してくれる大人は社会に必要である。

『精神の生態学へ』を読む人があまりいるとはおもえないので、こういう動画で説明してくれるのはありがたい。
ただ、結局そうなると頑張って本を読む体力がつかなくなるので、学習3の段階にはいけなくなる。

本は売り方

ネットで本の売り上げは毎年増加している。
しかしながら町の本屋が減っていっているということは売り方の問題ではないのか。

朝、出勤前に購入したい、おすすめされたい、知らない世界を知りたい、古本でやすく手に入れたい、購入時になにがいいのか相談にのってほしい、ざっと読んで購入を決めたい、そういう町の本屋に司書がいれば本は売れるのではないか。

立ち読みしている人に注意したり、追い払ったりという誰でもできることしかしなかった街の小さな本屋があったが、とっくの昔に潰れてなくなった。
タダで読まれたくないという非論理的な直情だけで行動した結果、街には必要のない存在になった。

ジュンク堂ははやくから店内に椅子を設置して、座り読みまですすめていた。
技術書や専門書は中身をちゃんと確認してから買いたいという要望があって、それにマッチしたため、結果的によく売れた。
技術書や専門書は高額である。
かつ確実に購入する層がいる。
かつ多数買いする。
立ち読みでは読みきれない。
どうしても手元に必要である。
ジュンク堂はリアル書店が「商品を売る場所」から「知識と体験を提供する場所」に書店を定義し直したため、成功した。

品揃えもあまりない、読みたい本もない、惰性にまかせて開いているだけの本屋が生き残るのに、ただただ店を開けておけば良いという金あまりの時代ではないし、もうそんなぼんやりした時代は来ないかもしれない。
専門書も技術書もおけない、安い、流行りの本や文庫本しか置けない本屋だとしても打つ手はいくらでもあるはずだ。

購入を誘発するyoutube動画やショート動画はネットにたくさんあふれている。
三宅香帆さんのようなアイドル的文芸評論家も現れている。
文芸評論家がオールナイトニッポンのDJをしたりする時代だ。
そこにヒントがいっぱいあふれている。

実際、ネットでは本は年々売れているという事実がある。
本を読みたい人が減っているとは思えない。
人口自体は減っているが、生涯学習の風習は以前より強くなっているので、LTVは強いはずだ。

旧態依然とした売り方に問題がある、研究不足である、工夫をしない、それだけのことだ。
本離れなどしていない。

オールドメディアは国民に監視される側

オールドメディアは国民に監視される側であるとそろそろ気づいた方がよい。

SNSが機能をしている時代に権力を監視する役割はオールドメディアにはすでにのこっていない。
ニュースの解説はSNSでもなんでもネットには載っている。
したはって、新聞はいらない。

最新のニュースはスマホが教えてくれる。
したがって、テレビをつける必要もない。

片山さつき財務大臣に反論も意見もいえないマスゴミの記者は専門性さえももはやないのだという自信喪失をもっとした方がよい。
喧々諤々でやりやってという政治家とマスコミのプロレスイメージをイソ子などオールドはもっていそうだが、そういう昭和な時代はもうとっくに終わっている。

オールドは老害という意味で呼んでいるということにさえ気づいていないというのは幸せな人生だ(古美門研介風)。
コンテンツだけで勝負したらどうなんだ。
SNSはもっとオールドメディアを馬鹿にした方がよい。
youtubeをみたあと、食事時にリビングで久しぶりにテレビをつけたら、バラエティ番組で出演者がおもしろ動画をyoutubeからひらってきてコメントしている。
さっきみたYoutubeで見た動画だ。
なんだこのコント状態は。

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