duckman – ページ 2 – JUiCANDSEA

アンドレアス・グルスキーの遠い視座

アンドレアス・グルスキーの抽象画のような写真はなかなか興味深い。
たとえば代表作の「ライン川 2」はその典型的な作品である。
こういう感情がどこかにいったような写真はどう鑑賞したらいいのだろうか。
アンドレアス・グルスキーの遠い視座はどこにあるのか。

隕石の寝床

松浦弥太郎さんが100の小物のひとつにあげている小説である。
内容はかかれていない。
エログロナンセンス系の戯曲だそうだ。
読んでみようとおもったが古本で5,000円くらいする。
売り切れ前のある本屋では50円だった。
中身がおもしろいかどうかわからない本に5,000円はどうも気が進まない。
ふつうに5000円くらいの本は購入するがこれに関しては躊躇する。
1,000円ならばポチッていたかもしれない。
図書館にもない、デジタル化もされていないので
一般的な価値がそれほどないのかもしれない。
なぜ松浦さんは100の中にこれをいれたのだろうか。
ほんとうに自分をしってほしい100の小物のひとつなのか。
手に入らないという希少なものをもっているという意味でのええ格好をしたいだけなのか。
5,000円で先ほど別の本を購入した。
コストパフォーマンスでどうしても考えてしまう。

三角食べと口中調味は日本の文化

三角食べが栄養バランスの面から最近注目されているらしく、そもそもこの食べ方が日本人の特徴という、つまり日本の文化であるというのには驚いた。
三角食べによる口中調味が当たり前だとおもっていたものにとって、それが伝統であるとか、室町時代から始まる日本の伝統的な食べ方だといわれると伝統とは指摘されて気づくものなのかとあらためて感心してしまう。

23分間の奇跡

ジェームズ・クラベルの小説。
小説は23分で読めるようになっている。

下記はその小説をドラマ化したもの。
今見てもおもしろい。

たった23分間でこどもたちは見事に洗脳される。
今この時だからこそみておきたい。

動きの設定値

シュザンヌ=ランガー(Susanne K. Langer)によれば芸術の原点はダイナミック・イメージだそうだ。
まさに動的な何かは人間に限らず、主人との再会の喜びに我を失い踊るオカメインコやオウム、猫や犬にもみられる。
そうなると芸術は生そのものであり、それを素直に表現する行為がダイナミック・イメージといえる。
さて私たちは冷静な大人になってさえ、動くものに興味を抱く。
ショップの誘導もそう。動きを感じさせるような矢印や店員の挙動が客を引き寄せる。
手の招き方ひとつとっても、なめらかな動きはことさらに美しく、こころをほどいていく。
動くものはみないとをかしい。

ところで動けばなんでもいとをかしなのか。
読めないくらいのスピードで文字が流れても不快なだけで、かといって動いているのかいないのかわからないくらいのスピードで文字が流れていても苛立つ。
適度なスピード、ここちよい揺らぎがそのものに対して存在すると考えた方がいい。
物自体に適正な動きの設定値が属性としてある、ここを解析するともっと快適な世界に最適化されるのではとおもう。

東京物語

世界の監督が選んだナンバーワンの映画は日本の小津監督作品「東京物語」だという(「映画監督が選ぶ史上最高の映画TOP30」(2012))。
まったくもってハリウッドらしくない、ヒットの法則にのっとっていないようなごくごくおだやかな小品という感じの映画だ。
絵画的で味わいがあるのは好きだが、プロットはごく平凡な映画である。
監督が好きなのとそれがヒットする、つまり大衆に支持されるのとはまた違うのだという、いい例だ。
こういう日本の風景はもう二度ととれないのだなあとおもいながら見ると実に感慨深い。
『親孝行したい時に親は無し、せれとて墓に蒲団も着せられず』という台詞は印象的だった。
紀子の台詞『私ずるいんです。ずるいんです』というのは紀子の寂しさを
この家族に属しつづけることで紛らわせることができているという現実を指しているような気がする。
勝手な推測ではあるけれど。

ちなみに2位は「市民ケーン」。
これはプロットが秀一で再度見ても感心してしまう。
どちらにしても随分昔の映画が選ばれているのはいまこういう映画が制作できない、つまり採算が見込めないのでつくれないという、
見る側の民度の問題なのかと考えさせられてしまう。

酸化マグネシウム

心臓の手術後、便秘が続いたので酸化マグネシウムを処方してもらった。
私にはかなりキツく2日くらいひどい下痢が続いた。
人によるそうだが、下剤の処方は本当に気をつけた方がいい。
いまは整腸剤にビオスリーHi錠を服用している。
これは効き目があってだいぶおさまっている。
新ビオフェルミンS錠とはまた違い、どちらがいいのかわからない。

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カラーイメージスケールの観察

「カラーイメージスケール」(日本カラーデザイン研究所)という配色の本がある。
ある言葉に対してどんな配色(3色)があっているかというイメージマップをまとめた本である。
解説には1万人にインタビューをして集計したと書いてある。

初版が1990年で改訂版が2001年とある。
ざっと見ると10年間で配色がずいぶん変わっている。
詳細は省くが、2001年以降、もう20年経つが改訂版はでていない。
何も変わっていないのか、企画として割にあわないので終了したのかわはわからないが
カラーマーケティングからいうと色のマッチングでものがうれたりうれなかったりするので
令和版のカラーイメージスケールはいったいどうなっているのか
とても興味がある。
20年ぶりの改訂版を望む。

映画に見る、人と人との接し方

往年の映画を見ると人と人との接し方にいくつかの違和感をおぼえるときがある。
女中への世帯主の強い当たり方や女房への対し方などなど。
サイコパスのような冷たさだ。
当時それが当たり前だったということは時代とともにサイコパスから脱却してきているということか。
完全にサイコパスでもなさそうでシーンによってはそれなりの気遣いはしていたりする。
 「逝きし世の面影」という文献はそういう意味でとても興味深い。

中世では子供は子供ではなく、小さい人として扱われていたという話しを読んだことがある。
これからさらに100年経つと人と人の関係はいまよりもっとフレンドリーになるのだろうか。

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