duckman – ページ 17 – JUiCANDSEA

オープンダイアログ

オープンダイアログは従来のアメリカ文化的論理性、つまり結論重視型の合理性とはまったくちがう。
対話は手段ではなく、これ自体が目的であるということと対話の目的は単純な合意や結論ではなく、参加者全員から多様な表現が生まれること、これがオープンダイアログである。

ナラティブセラピーにとても親和性が強そうで、いわゆる気持ちに寄り添うということことなのかもしれない。
アメリカ型論理的思考に侵された現代日本人、特にビジネスマンはそうかもしれないが、合理的を意味する筋論は実は結論から始めるアメリカ型だけではないということを理解しておかなければ今後多様性文化など理解できない。

帚木蓬生 著「ほんとうの会議 ネガティブ・ケイパビリティ実践法 」(講談社現代新書)がこれに詳しい。

経済人類学と倫理資本主義とデザイン

経済人類学が目指していたことはいまどこまで解明されてきているのか。
Pythonで認識について科学的にあらかた解析していけるとして
さて、その先になにがあるのか。

行動経済学が急に発展してきて、経済人類学と掛け合わせた先に
幸せを導く経済学の成果がそこにあるのか。
主義主張を超えた先に、いわゆる倫理資本主義の時代にはいれるのか。
それを有効活用できるデザインの役割とはなんなんだろうか。
その答えを誰かもっているのか。

哲学者マルクス=ガブリエルが倫理資本主義の時代が来たという話は概論であって
完成までの道のりが不明確である。
会社に倫理部門を設ける、倫理部門がいったんすべてのことをチェックすることで
社会は倫理的になり、結果社会は安定する?ということのようだが
さて、倫理の輪郭がそれ以前に明確になっているのかという疑問がある。

混迷したいまの日本に哲学者はちっとも解決策をだしていないとおもうのだが、どうなんだろう。
どこかでこっそり発表しているのか。
どこにかいてあるのか。
デザイナー兼コンテンツクリエイターとしては協力したいので、どこにそのすべがあるのかを知りたい。

AIでCMをつくる程度のしずる感

ちょいちょい食事の際に指を舐めるCMが流れる。
食べ物の油がついたのか、米粒がついたのかで、それを舐めて拭う。
その行為をしずる感云々などと識者なのか、アルバイトライターなのかがしたり顔でコメントしていたりするが、まったくそうは思わない。

公共の飲食の場で指を舐めている大人がいるという設定にそもそも無理はないか。
百歩譲って子供ならありえなくもない。
大人でも自室でなら、まあそういう人もいるだろうなとおもうので気にはならない。

知らない人が見ているところ、公共の場で、
欲望を丸出しにしたそういう三大欲求の行為をCMとしてあつかう感覚がわからない。
映画ならありだろうけれど。

チキンを獣のようにかぶりつくのをしずる感というのなら、そのうち炭酸飲料でゲップでラップみたいな下品なのもでてくるのだろうか。
トイレで食事をする風潮があるのをなぞらえて、トイレタリーメーカーとフードメーカーのコラボCMもでてくるのだろうか。
生々しい食らう絵面は本来、性的で排泄行為と同じくらい気持ちの悪い絵である。
AI生成動画ならありえるが、そこをしないというのが人がディレクションをする意味なのではないかとおもうがどうなのか。

しずる感はあった方が訴求力はあるだろう。
しかしメディアセックス(広告の中に性的な表現をいれることで消費者はその広告に興味をおぼえる)をいまだにいれてくるのは時代錯誤も甚だしい。
指をしゃぶる、獲物を食らう、そういう性的な表現をいまこの令和の時代にやるか?と、違和感を感じる。
そういういやらしい企みは全部バレる。
全部叩かれる。
結果、商品は売れなくなる。
バレないと、叩かれないとまだ思っている、その感覚がさっぱりわからない。

売りたいのならもう少し科学的に考えて行動をした方がいい。
野生味にあふれた身勝手なおっさん感あふれる昭和は「トラブルバスターズ」の中で常に成敗されている。情熱と身勝手をごっちゃにしている勘違い野郎が淘汰され、削除されていっている事例を十分にみてきているはずだ。

YOUTUBE界隈のお決まり軍の存在がとても哀しい

バラエティで一時期流行った本音トークネタが、もう時代に合っていない。
番組のいう本音が演出上の本音だと視聴者はわかっている。
今時は誰もそんな話題を共有できないということだ。
テレビ離れはそういう世間とのズレが原因だ。
人生のコスパにあわない。

YOUTUBEだと同じようなIT系とおぼしき、謎の職業(本当に働いているのか?)の、黒い衣服をきた痩せた30前後の優男が、かならず画面を斜めにして、上からとった小物を綺麗に並べたサムネで、これまたかならず、iPhoneとAirPodsとカラビナとハンドクリームとリップを優しい声で、時にはわざと声を低くしてオスをみせつけて紹介している。

もちろん、全部黒かもしくは全部白で統一している。
真っ黄色の服とパンツや、全身水色、全身紫の人はでてこない。
全身茶色でもいい。
横縞でもいい。
全身ラメでもいいが、やはりでてこない。

1点、数万円前後、もしくはそれ以下のガジェット商品の紹介を浅ぼりしている。

小物ロマンチャンネルにいたると、実際は機能していない壊れているとしかいえないグッズ(購入して確認済み)を、しばらく使っているかの如く紹介して、再生数を稼いでいる。

芸能人の亀梨さんが天然ボケ(なんでカバンの中が濡れているんだろうと何度もつぶやくが追求はしない)をしながら、100万円越えという庶民では手の出ないマイバッグ(The Rowのマルロー)の紹介をYOUTUBEでぶつけて、ブルドーザの如く、彼らの上を踏んづけていく。

いいものはいい。
金額ではない。

それは亀梨さんの方がいう言葉であって、亀梨さんが2万円くらいの鞄を持って初めて成立する。
新川優愛さんがとても庶民的なA.P.Cのマイバッグを紹介していたのがまさにそれだ。

安くてもいいものはある。
多分、安くても縫製がしっかりしていて、デザインがよくて、機能性が申し分ないものはあると信じたいが、やはり原価がそれなりにかかるから安くはできないのが現実だ。
ポールスミスのお高いカバンでさえ、すぐ壊れる。
ゼロハリバートンでも取っ手が折れて外れた。

A.P.Cの麻?コットン?のカバンは見た感じシンプルなのでたぶん、頑丈で、そういう意味では機能性は高いかもしれない。
原価以上のブランド価格かも?しれないが2万円きっている商品だ。
新川優愛さんなら選択肢はいくらでもある。

いっそ、数年で捨ててしまおうっていうことで、100均の透明お財布?くらい振り切るのが正解かもしれない。
アパの社長の財布がそうだったような気がする。
最近のJKが紀ノ国屋のジッパー袋(269円)を財布代わりにつかっているが、潔くてとてもよい選択だとおもう。
そこそこおしゃれで、くたびれてきたら家でつかって、また買い替えてもよい価格だ。

https://www.super-kinokuniya.jp/c/011/064/1602-4960320202156

YOUTUBE界隈の再生数稼ぎのお決まり軍の存在がとても哀しいし、もういい。
同じような顔と同じようなスタイルで同じような商品紹介を延々としているその人生を哀しく思う。

数年後には一掃されるのだろうか。
真面目に世のため人のために精一杯働きましょう。

バーチャルを見極める選択眼

実際とは違うが調べようがないこと、あえて調べないことはたくさんある。
十勝産あずきを使用と自称しているがいちいち本当に十勝産かは調べない。
サイトに資本金1,000万とかいていても、それをいちいち調べることもない。
代表の名前さえ、本当かどうかわからない。
法人検索では代表者の名前まで載っていないから検証できないし、そこまでする人もあまりいない。
それらが虚偽ではないかとおもいながらも、それで実害があるわけではないので
そこに時間をつかうのももったいない。
疑うべき常識と疑わないでいい常識を識別する選択眼は教養でやしなわれる
著作家の山口周さんが語っているが、その通りだとおもう。
物理や哲学や数学や現代国語ができるというのだけが教養ではない。
教養が深いと余計な時間をつかわなくてよくなる。
虚偽、バーチャルを見極めることは普通の生活の中でリスクを減らす上でとても重要なのだが
その決め手がいろんな教養、リベラルアーツだということは意識しておく必要はある。

謎解き

世の中のいろんな出来事が謎解きのようにちらばっている。
謎解きであれば必ず解はある。
一見因果関係がわからないものでも何らかの補助線を引けば解決できるかもしれない。
目に見えない、イメージできない、存在を確認できないことなど山ほどある。
自分のフレームワークだけで考えてはいけない。
謎は必ず解ける。
再定義する、解決を別の解とするなど
方法はいくらでもある。

ブレイキング・バッド

今更ながら「ブレイキング・バッド」を見ている。
プリズン・ブレイクもそうだけれど、化学の知識はたぶんいざというときに役に立つ。
いざという時がどういう時か今想像がつかないが、いつ何時、災難に巻き込まれるかわからない。

雑誌「ニュートン」は意識的に目を通している。
いつか役にたつはずだ。

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