duckman – JUiCANDSEA

大きい懐はない

大きい懐で、様子見する。
しばらく泳がしておく。
いま借りをつくらせよう。

このあたりをいままでの権威者、オールドが手法としてしてきたので、それに対して弱者は甘えてきたが、もう無理だ。

あたらしい権威者がすぐに反応する、すぐに回答する、空気をよむのをやめる、相手の土俵を消す、という戦略に切り替えたのはご覧のとおりだ。

結果は弱者の負け。

どうする、野党。
どうする、オールドメディア。
どうする、パトスだけのシルバー。
トラブルバスターされているぞ。

AIでこの人の発言の趣旨はなんでしょうか、発言者は事実を理解していますか、何%の正確さがありますかなど判定させることもいまはできる。
全部白日のもとに発言者の実態が明白にさらされる。
だからといってAIで売っているグループが優位であるというわけでは当然なくて、むしろAIだけしかないとすると、フィロソフィーがないので有事の際の対応がまったくの素人であることがむしろ明確になってしまう。

おおきい懐はもう存在しない。
やり取りを楽しんでいる暇はもうない。

さっさとやり方をかえた方がよい。

社会の質を考える

今時、重力の存在を否定するひとはあまりいないとおもうが、ならばなぜその重力のせいで無駄にエントロピーが増える物の作り方をするのかが、全く理解できない。
たとえば本はやたらとツルツルのコーティングをしたがるが、あれをすると本を積み上げると滑りやすく、すぐに雪崩がおきたりする。
結果、再度、整理するという無駄なエネルギーをうみだしているが、そもそもツルツルコーティングなどせずにマットにしておけば摩擦が発生し、雪崩が起きにくくなるはずだ。
たとえばいろんなプロダクトもトップの形状をやや斜めにしているデザインが多いが、あれだとその上に物をのせると滑り出すので、やや斜めなどにせず、平らにしておけば滑るリスクが減るはずだ。トイレのロールペーパーの上部がまさにそうだ。
スマホをおくと、程なく滑り落ちる。
上に物をのせなくてもいいという話はまた別の検討になるのでここでは議論する必要はない。

本に関してもいろんなサイズをやたら出版しているが、そこまでサイズ違いが必要なのか。
フォークは4本しかないのは試行錯誤して4本に落ち着いた結果なのだから、本のサイズももう少し減らせば整理ももっと簡単になるのに、新書でさえ、出版社によってサイズがまちまちだったりする。どうしたいのか。

そこまで自己主張をする承認欲求、飽くなき無意味な自分勝手な欲望の具現化たる本の自由勝手なサイズをみるたびにその欲望のよだれにあきれてしまう。
欲望はたしかに発展の要ではあるが、いいかげん自重もすること、上品にいきることもこれからは大事なのではないか。
拡大、進歩だけを叫ぶのはあまりに質の低い、だらしのない生きかただ。

庶民は思っている以上に賢いぞ

生半可な知識で前提が抜け落ちていて、むしろコンテンツの意味が逆になっている発言を延々と繰り返している自称有名人はなぜ、まだその虚妄を繰り返しているのかをずっと観察している。
目的がどこかにあるはずだ。

論破されたところでそのまま、しれっと別の話に移ったりしている手法はいつも通りだが、そもそも印象操作をなぜそこまでしたいのか、その目的がしりたい。
非常に不可解で、普通に考えると金品を受け取っているのかと考えざるを得ないが、そうでないなら、その今の地位を保証されるということへのトレードオフとなるが、その地位が生み出すのは富、お金だからやはり金か、ということになる。

テレビのアナウンサーやコメント芸人の年収が500万円くらいしかなければ、発言も変わってくるんだろうと思うが、当然そんなことはなく、1000万円はゆうに行く世界だ。
その地位と環境保全のために必死なっているということであれば話はわかる。
あとは頭脳戦である。
どちらが勝つか、どちらが戦略的に優れているかの勝負になってくる。

庶民は思っている以上に色々見ているし、思っている以上に賢いぞ。

時処位

行動を起こす際に意識すべき3つの要素(時・所・位)を指す言葉で、AIがどうもこの時処位(じしょい)の経験を奪っていくのではないか、ということがいま懸念されている。
つまり経験の浅い、経験の少ないとっちゃん坊やが大量に出来上がる社会ということで、ディスコミニケーションだらけの、トラブルだらけの社会のできあがりということだ。
行動すべき「タイミング」や「時宜」、「場所」や「状況・対象」、「立場」や「役割・分際」を意識してうごくしかない。
AIは便利だ、で終わっていると、突発事項に対応できない人間から先にすすめなくなる。

凡人が判断をしない

天才は天才を知る。
凡人は天才のいってることがわからないので、そのまま聞き流す。

時流がうまくあわないでヒットしないこともありえるが、契約したところで大金を払うわけでもないのだろうから、その重い腰をさっさと上げるべきだった。

誰がそのミスをしたか、社内で特定してやればいい。
日本はまあ、よいではないか、みんなが犯人だ、の文化が強すぎる。
結果、反省0でまた同じ失敗を今後も繰り返す。
絶対繰り返す。

失われた30年はこれからも続くのだろう。

凡人は凡人であることの自覚から始めること。
凡人が大事な判断をしないことだ。
AIの方が的確な判断をしている。
AIは周知を集めるから、的確な判断になるのはあたりまえである。

凡人の判断はむしろ害悪である。

Vashti Bunyan

Vashti Bunyan – Just Another Diamond Day
ヴァシュティ・バニヤンはイングランドのシンガーソングライター。
不遇の人。
フリークフォークのゴッドマザー。
こういう牧歌的な音楽は発表当時は時代にあっていなかったのだろう。

川の流れのように

アイナ・ジ・エンドさんバージョンの方が私にはしっくりくる。
自由に演じているのか、本当に自由なのか。
猫動画をみているときのように感じるのは私だけではないとおもう。

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