宗慶二 – JUiCANDSEA

英語と国語の読解のプロ同士の対談

英語と国語の読解のプロ同士の対談。
どちらも受験という現場で問題文を解読している実践のプロで、とても勉強になる。
受験用の文章はひっかけがあったりして必ずしも現実とは違う部分があるかもしれないが、読解への解像度はビジネスよりも高い。
対談中にでてくる、「答えるよりも問う力」はまさにこれから重要になってくる。

AI活用が生活の中心になってくると、的確な問いができないと答えを引き出すことはまったくできないから、ちょちょいのちょいでやっておいてという昭和のやり方はまったく通用しなくなる。

対談の中身は大まかなことのみにとどまっている。
要は効率ではない、深く読むというやり方が今後さらに一層重要になってくるのではないかという示唆をしているのだが、それをどこまで具体化できるかが鍵かとおもった。

読解力の問題なのか

日本の葬儀という現場を知らない、死という光景から非常に遠ざかった現代の子供たちがここにいる。
過去の日本の風習はかなり意識的に収集しないかぎり知ることはない。

そういう強烈な表現をテレビではしない。

親戚や寄り合いから距離をおいて核家族で暮らすなかで見聞きしない死の現場。

悲しい場である葬儀の場と、給食のようにみんなで食べる楽しい場がイコールなわけがない。
単純に子供たちは誤読をしたというより、生活習慣が変わってきている中で阿吽では伝わらないことの例であると考えた方が話がすっきりする。

葬式での風習でいえば火葬場で肉親の骨をひろう「収骨」や「骨上げ」はよく考えてみるとずいぶんエキセントリックでサイコパスな風習である。

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