相手に指をさして発言する人がいる。
非常に失礼で、人に指差しを奨励している国は探してみたが見つからない。
どの国の文化でも非常識で不敬とされている共通のマナー違反だ。
玉川くんは思想やイズムを振りかざす前に、人としてちゃんとすべきである。
指差すことでマウントをとっているのか、頭の中にある種のヒーローが浮かんでいてそのつもりになっているのかもしれないが、そういうのも世間はちゃんとみている。
議論の中身で勝負すればよい。
コンテクストの読み解きと情報の最適化を最適解から導くアートディレクションとコンテンツ制作 相手に指をさして発言する人がいる。 非常に失礼で、人に指差しを奨励している国は探してみたが見つからない。 玉川くんは思想やイズムを振りかざす前に、人としてちゃんとすべきである。 自民党のサイトをみると会見についてはいずれも動画と書き起こしの文字を表記するようになっている。 こうなってくるとじゃーなりすとの方々は切り抜きや編集、たとえば発言者を明記しないことにより、言った側がどちらかわからないようにして、バレた時はそういう捉え方をする方に問題がある、双方誤解があったなどとといった、長年培われてきた論理のすり替え法や偏向報道編集技術が使えなくなるではないか。 これではじゃーなりすとや大越は次の世代に、せっかく育ててきた荒技を伝承ができなくなる。 これこそ民放や大新聞社やけんすけは自民党に、報道編集の自由について大々的に抗議すべきである。 オールドメディアとけんすけはいま死活問題に直面している。 老害で終わるか、けんすけと言われてバカにされるだけで、晩節を汚すか。 財務省派の小林慶一郎と反財務省派の中野剛志の矢野論文をめぐっての対談。 3年目に答えがでるのか。 財源をめぐる上記のような議論をもっとオープンにかつ活発にすべきである。 テレビのコメンテーターは政局がどうので遊び過ぎだ。 ここを足すと過半数で、この人が動くとああだこうだ、などもう、うんざり。 テレビマンが騒ぐ話ではない。 高橋洋一にもっと怒られろ。 陸軍大佐、新庄健吉は先の大戦を食い止めようとしたキーマンとして、たびたび登場してくる日本のスパイだ。 斎藤充功氏の『昭和史発掘 開戦通告はなぜ遅れたか』では彼のニューヨークでの客死を追って、彼に絡んだ開戦通告の状況をリポートしている。 新庄健吉は当時、軍の命令により、三井物産の社員というかたちで渡米し、アメリカで手に入る新聞や町の情報、公開されている資料をあつめて、統計のプロとしてアナログで米国の国力を分析していた。 ビッグデータ、AIの時代にまだマスコミやジャーナリストが根性論やイズムをいっていることが時代錯誤も甚だしく、噴飯物である。 下手をすれば間違った、真逆の判断をだしかねない。 マスゴミやじゃーなりすとはなぜ小国の日本が勝てないはずの戦争にいたったかの原因をちゃんと自分で確認していただき、大いに猛暑してほしい。 当然、勝てる戦争であっても戦争はするべきではないのはいまの科学の時代には明白なので、そのレベルの議論をするまでもないし、そんな議論に時間を使う必要もない。 元首脳や国際金融機関の幹部、著名な企業経営者などで構成される「経済と気候に関するグローバル委員会」の「ニュー・クライメイト・エコノミー」(NCE) 報告書では荒廃森林の回復に1ドルを投資すれば、経済的利益として最大で30ドルを回収できるそうだ。 また大胆な気候変動対策により2030年までに少なくとも26兆ドルの経済的利益を生み出せるということだ。 これらの根拠がどういうものか詳細な検証が必要だが、たとえばケニアのワンガリ・マータイ氏が始めた「グリーンベルト運動」はいまではアフリカに5000万本の木を植え、結果、それによる果物などの恵みと木自体の恩恵、たとえば家を建てるなどによって働きがいのようなものまで生まれたそうだ。 日本では安宅氏が風の谷プロジェクトというかたちで村と都市の共存を進めているが、こういう科学的かつ経済的なオープンなプロジェクトに絡めればよりよい成果がでるのではないかと推測できる。 オールドメディアがイズムなお祭り騒ぎをまだしているが、もう科学の時代、SNSの時代で全部バレていくのだから、あきらめて老後の趣味でも探していただければとおもう。 共感性羞恥(他人が恥ずかしい状況にあると、自分も同じように恥ずかしさを感じる心理状態)ばかりを提示しつづけているテレビタレントがいるが、もう本当にやめてほしい。 経済学や社会学、政治は本当に難しい世界なので、素人が隙間時間で学んだことくらいでは太刀打ちできない。 どうしてもわからないような疑問点だけを謙虚にたずねれば良い。 たとえば経済の問題について、現役の経済評論家や経済学者という経済のプロに絡んだところで、アルフレッド・マーシャルの『経済学原論』を読みこんでもいないのに、ちゃんと反論できるわけがない。 私の専門であるデザインやプログラムの分野でも同じだ。 デザインであればヨゼフ・ミュラー=ブロックマン (Josef Müller-Brockmann) をちゃんと復習しているかということと、今時のサードウェーブデザインの次のデザインとの関係がどうなのかとか、プログラムなら3つのプログラム条件の1つ1つをそれぞれのプログラム言語のなかで理解しているかということになる。 どの分野でも、細部の失敗と成功をちゃんと経験してプロは行動している。 SNSをしているのは素人ではない。それぞれの世界のプロだ。 自動車の営業マンなら自動車の見積もりの問題を見たらすぐにわかる。 たとえば『経済学原論』を上記でだしたが、このことでさえ、詰めてくる人はつめてくる。 そういうあげあしをとることで生きがいを感じている人にわざわざ餌を与えてはいけない。 そういう人の活躍する場所、時間をできるだけ0にしてあげて、もっと価値のある議論をする時間に変えた方がいい。 ミクロの達人を集めてマクロの話をさせても解決ができるとはおもえない。 有識者会議での有識者のミクロな意見には現場の気づきは含まれているので益はあるだろう。 ただそれはあくまでミクロからの視点なので、マクロでは重要ではなくなるかもしれない。 経済は物理とはどうも一致していない。 今回の高市早苗総裁の予想もマスコミはことごとく外している。 合成の誤謬はまだまだあちらこちらにあるのではないか。 「風」という漢字の成り立ちが興味深い。 風がどこから吹いているのかという疑念から始まって、もともとは神が起こしているという話からできた字が変形を繰り返して「鳳」になり、「鳳」から「風」が分離して、独立したのが「風」だそうだ。 ではなぜ、鳥が虫になったのかという疑問がまたでてくるが、「虫」は竜のことを表している、という説があり、竜は大きな蛇の一種なので、「蛇」が「虫へん」で考えると、「風」の中の「虫」が竜であっても、違和感はないということになる。 伝承なのでどこかでこんがらがったり、伝えミスがおこったりして辻褄が合わなくなっているのかもしれないが、風という字のなかにもこれだけの物語があるので、漢字はコンテンツの宝庫なのだと改めておもう。 AIはこういうことができる。 イギリス・ウォーリック大学の研究によると、お笑い番組をみてから仕事をするとパフォーマンスが12%もあがるそうだ。 幸福感が高まったことで、脳内でドーパミン(快楽や学習を助ける神経伝達物質)が分泌され、集中力と発想力がブーストされた結果ということになる。
カテゴリー: Critical thinking
指差しマナー
どの国の文化でも非常識で不敬とされている共通のマナー違反だ。
指差すことでマウントをとっているのか、頭の中にある種のヒーローが浮かんでいてそのつもりになっているのかもしれないが、そういうのも世間はちゃんとみている。
議論の中身で勝負すればよい。オールドメディアの死活問題
ダッチロールの絶妙な角度とか、あいまいにする方法などの数々の伝統芸が歴史の中に埋もれてしまう。
自認賢者の代表なら、このピンチをはやくチャンスにかえろ。
その人生は楽しかったのか。高橋洋一にもっと怒られろ
文藝春秋2022年1月号 (創刊100周年記念特別号) p.130から。
これは必読。
財務大臣次第か。
巨人戦、政局の戯れはもう視聴率はとれないとあきらめるべきである。
久米引退あたりでもう終わっている。
視聴者もそんなに馬鹿ばかりではない。
経済の立て直しを具体的に議論する。
それだけでいい。
新庄健吉
正確にはスパイというよりは調査員である。
西木正明氏の『ウェルカム トゥ パールハーバー』という真珠湾攻撃の舞台裏を描いた小説では天城という名前で、主人公として登場している。
国力を見繕った結果、アメリカは日本の10倍以上という事実が判明し、アメリカと戦っても勝ち目はないというリポートを仕上げるが、結局は当時のイズムや根性論でないものとされた。
根性論やイズムは計測できない。
KPIもKGIも出せない。
ただただ有害でしかない。
予測不可能な時代にいるのではない。
リスクはある程度の精度で計測できる時代なのだ。ニュー・クライメイト・エコノミーという考え方
共感性羞恥ばかりを提示
見てていたたまれない。
生半可な知識は火傷しかしない。
不安な点をどうしたらいいか、教えを乞えば良い。
普段の生活をしていて、生活者の視点、テレビタレントならエンタメ業の不安を解消してもらえばよい。
『経済学原論』をもとにしているかうまくいかないのではないかという問いから、最新の問題、たとえばMMTは財源の最適解をだすのか、AIは労働力を奪うのか、移民問題は、NVIDIAに全部もっていかれるのか、ということとが経済学の基礎への懐疑から最新の経済・社会問題まで、全部つながっている。
どれもつきつめるとかなり専門性の高い課題を抱えている。
門外漢では専門の内側の課題がみえてこない。
当然、エンタメやバラエティの世界でも同じだ。
そういうのを飛ばして、気持ちだけで噛みつけばいいという噛みつき芸はいまのSNSの時代には絶対にうまくいかない。
余計なことを配信したマスコミの声などはちゃんとSNSの中にいるその世界のプロが分析していけば言葉や用語、場所、時間帯、人間関係などで誰がいったのかがだいたい調べがつく。
調べがついて公開処刑になってからでは遅い。
今回は時事通信社が自白したが、それでもやはり遅い。
オールドメディアだから仕事が遅いのか。
ブロックマンにしても今時、ブロックマンは云々カンヌンと屁理屈をいってくる輩もいる。
彼らは彼らのチャンネルで黙々とひとり壁に向かってしゃべりつづけていればよい。
パブリックには必要ない。
人生は短い。
つまらない人と関わる必要はない。合成の誤謬
現場の意見は大事だ。
情報はあった方がいいので、参考にする分にはよい。
ミクロとマクロを同時に携わっている人が判断するのがよりよいだろう。
マクロ経済学でさえ統一見解がないのだから、ミクロ経済の視点を足して答えがでるわけがない。
経済物理学というのが最近よく耳にするが、数学的、統計的、いまではAIの技術をいれてどの程度精確なのかが答えがでていない。
そこが人間社会のやっかいなところだ。
グループで判断する、いわゆるグループシンクは誤った判断が多いことで知られている。
人が経済を動かしている。
ザイアンス効果(何度も会う人に好意を持つ心理現象)などは経済効果などにどれくらい係数として計算されているのか。
マスコミの場合はイズムというやっかいなバイアスがあるので、合成の誤謬やグループシンク以前の話でかもしれないし、これからはもうただただ無力であることが証明されていくだろう。風は鳳
ところで虫の上にある前髪のような ノ はなんなんだろうか。
鳳の ノ だけがいきのこった、ということか。変化なき戦い
ただただ感心。お笑いの効果
どういうお笑いがいいのかわからないが、幸福感が高まる類のお笑いということだから、各個人の幸福観からお笑いを選択すればよい。
あらためて自己の幸福観を確認するのもこれまた難しいが、すべては己をしるという基本から始まるのは納得がいく話だ。