思うと考えるは対象の数が違う。
大野晋氏の『日本語練習帳』をみてみよう。
思うはもう決定していて、考えるはまだ決定していない、そういう違いがあるそうだ。
さらに思うは対象物が1つで、考えるは比較作業なので対象物が2つ以上になる。
つまり、あなたを思うはあなたのことだけをおもっているが、あなたを考えるはあなた以外の人と比較して、あなたを考えている、ということだ。
こういう単純な言葉も専門書を読まないとなかなか気づかない。
考えるの最古の例は日本書紀にあるそうだが、これをgoogle検索(考えるの最古の例は日本書紀 で検索)をすると
とgoogleは嘘をつく。
再度今度は
考えるの最古の例
でgoogle検索すると
と出る。
googleやGeminiで かむがへる は日本書紀にありますよね、これが考えるの最初ではないかと問い詰めると
とまだ言い出すので、
『日本書紀』に「罪人を刑罰に処する際に、事柄を『勘(かん)がへ(がへ)る』」という表現が見られますが、これではないのですか、とさらに詰問すると
と観念して、言い訳をしだしたのでうっとうしく感じたので、closeした。
AIはまだまだ未熟なのはわかっていることなのでここでは問わない。
このあたりの検索性がどの程度ベクトル検索になっているのかよく調べていないのでなんともいえないが、そのうち学習するのだろう。
検索の仕方、質問をもっと洗練させないと正しい答えにはいきつかないということがよくわかった。
要するに、思うと考えるは対象の数が違うということと、考えるのもとは罪人を刑罰に処する際につかわれていたということだ。
日本の言葉は深い。