疋田桂一郎氏はジャーナリストで朝日新聞のコラム、
「天声人語」でおなじみだった名筆家のひとりである。
彼の文章は深代惇郎氏と並んで大変読みやすくかつ品があり
大学新聞社のサークルに所属していた時分、
何度も彼らの文章を写経して学んだ。
特に疋田氏の『新・人国記』の「青森県」は名文で
まだ読んだことのない方にはぜひ一読してほしい文章だ。
せっかくなのでここで頭出しを紹介しておこう。
雪の道を角巻きの影がふたつ。
「どサ」「ゆサ」
出会いがしらに暗号のような短い会話だ。
それで用は足り、女たちは急ぐ。
みちのくの方言は、ひとつは冬の厳しさに由来するという。
心も表情もくちびるまで
こわばって「あららどちらまで」が「どサ」「ちょっとお湯へ」が「ゆサ」。ぺらぺら、
くちばしだけを操る漫才みたいなのは、何よりも苦手だ。
こぎみよい文章のリズムと情景が広がる表現、適度な漢字とひらがなのバランスと体言止め。
いまでも彼の天声人語時代の文章は好きで
何度も読んでは自分のフレームワークになるようにしている。