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HOW TO

コンテクストの読み解きと情報の最適化を踏まえて、最適解としてのコンテンツとデザインの制作をおこなっています。

届けるべきコンテクストの読み解きを間違えると、適切な課題解決が行えません。
昨今のキーワード読みのような文脈を間違えた誤読や行き違いは深くコンテンツを読み解かないことでおこった悲劇です。

A案とB案があるとします。
より馴染みがあるのはどちらでしょうか。

ナッジ(サービスを受けるきっかけ)のある方はどちらでしょうか。

そもそもA案とB案の選出自体、あっているのでしょうか。

案の選択や解釈を間違えるとスタートを無駄に遅らせます。
スタートどころか、全く効果のないものをつくることにもなります。

当然、必要のないコストだけが発生します。

情報の正しい整理整頓と仕様の最適化をまずおこないます。
それを踏まえてこそ、コンテンツやデザインは成果をあげることができます。

いまはやりのLLMや因果推論、因果探索からだけでは一番の要、交絡因子をみつけることはできません。
適切な創造物を構築できないとわれているポチョムキン理解(知ったかぶり状態であること。実態をしらないで知識ばかりで見繕っていること)というAIの現時点での限界は対象の文化や民俗、風習への解像度をあげることで解決できるでしょう。

たとえば宇宙コンテンツを作る場合、宇宙のガスと塵(ちり)といった文言がでてくるとします。
さて、塵(ちり)とはなんでしょうか。
塵(ちり)の定義は、出典はどこかにあるのでしょうか。
出典元がウィキペディアやChatGPTでいいのでしょうか。

生命がうごめく云々といったシナリオで絵を描くとします。
さて、生命とはなんでしょうか。
バイキンは生命でしょうか。
細菌はどうでしょうか。
コロナを殺すことは動物愛護的にどう考えればよいのでしょうか。
生物と無生物のあいだをちゃんと専門書で確認しているのでしょうか。

児童虐待を調査する際に、体の外傷を調査項目にあげるとします。
さて、外傷とはどこからが外傷なんでしょうか。
小さな傷は外傷でしょうか。
どこからを傷として認定するのでしょうか。

「春雨じゃ、濡れてまいろう」(新国劇の戯曲「月形半平太」の有名な台詞)と言った文学の春雨はなぜ濡れていこうというおもいにいたったのでしょうか。
すぐに止む雨だから、もう傘はいらないのではないかということでしょうか。
そのあとの登場人物の行動と関係があるのでしょうか。

思うと考えるという行動はどう違うのでしょうか。
辞書で引いて、ネットで調べても情緒的か論理的かの違いしかでてきません。
決定的な違いがあるのに、ネットという無料情報空間ではあまりそのことに触れてくれません。

国語辞典にさえ、記述されていません。
専門書にはちゃんとその考察がかかれてあります。
専門書とAIはいまのところ著作権が壁をつくっているため、つながっていません。
ですので、AIはその正解ともいえる点を質問していくとそれなりの見解をのべてくれますが、あくまで具体的な疑問、質問をなげてはじめて考察をはじめます。
またその回答は原典ではなく、その原典を読んだ人の感想やまとめから正解を推測しているにすぎません。
原典や現資料にあたっているわけでもなく、なんとか回答しないといけないとがんばるAIはハルシネーションをおこして私たちを余計に混乱させてしまいます。

絵や映像にする、演出する、にあたって、情報が情報としてただしくなければ、描くものはすべて正しくありません。
正しくない情報のアクセスをあげることは逆効果です。
エンゲージメントをあげることはそもそもできません。

宇宙科学から自然科学、恐竜や通販やメンタルヘルス、美容科学、テレビ番組制作やイベント進行など多岐にわたって現場で調査、交渉、ファクトチェック、企画、演出、シナリオ、制作、デザイン、イラストやプログラムをしてきました。
科学館や博物館、行政などの学者や専門家と話し合いながら専門書や原典にあたり、精査し、制作してきました。

その中で培ってきた暗黙知や勘をAIにクロスさせることで、AIだけでは届かない、より正解に近いコンテンツやデザインが生まれるのではと考えています。
正しい情報を踏まえて精査し、考察してこそ計測可能で良質なコンテンツをつくることができます。

「Think of」のコーナーでは様々なコンテンツを作る際の考察点や着目点を書くようにしています。
原典にあたった際の気づきなどに触れたりもしています。

なにかのヒントになれば幸いです。

制作にお困りの際は一声、お気軽にお声がけください。

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