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等覚一転名字妙覚と星の王子様
004
「等覚一転名字妙覚」という法華経のことばがある。 等覚(菩薩の最高位)の先に妙覚(究極の覚り)があるのではなく、究極の覚りは足下にある、という意味である。 私自身大阪にいて大阪の環境でデザインをしているのにもかかわらず、デザインがついつい西洋風になってしまう。 自身が吸収し、みている世界は日本であり、大阪である。 大阪で考え、大阪でつくり、大阪のにおいを日々嗅いでいる。 それにもかかわらずデザインをしだすと西欧風を基本にしてしまう。 大阪風、なにわ風にするという意味ではない。本当に自分の中からでてきたものだろうか、どういう意味でこのデザインになったのか。 英語をカタカナ語で日常的にとりいれている日本で英語ではいけないということもないが、 そもそも日本語のどのあたりを指しているのだろうか。 日本語も漢語ではなくヤマト言葉ではいけないのだろうか。 英語がおしゃれだった時代はもう古く、むしろヤマト言葉や擬音語から派生した言葉あたりの方があたらしい匂いを感じる。 そういえば愛読書の「星の王子様」が同じことをいっていた。 パウロ・コエーリョの「アルケミスト - 夢を旅した少年」も同じことをテーマにしていた。 古今東西で同じことを語られるとなるとこれは究極の真理なのかもしれない。
「等覚一転名字妙覚」という法華経のことばがある。
等覚(菩薩の最高位)の先に妙覚(究極の覚り)があるのではなく、究極の覚りは足下にある、という意味である。
私自身大阪にいて大阪の環境でデザインをしているのにもかかわらず、デザインがついつい西洋風になってしまう。 自身が吸収し、みている世界は日本であり、大阪である。
大阪で考え、大阪でつくり、大阪のにおいを日々嗅いでいる。 それにもかかわらずデザインをしだすと西欧風を基本にしてしまう。

大阪風、なにわ風にするという意味ではない。本当に自分の中からでてきたものだろうか、どういう意味でこのデザインになったのか。

英語をカタカナ語で日常的にとりいれている日本で英語ではいけないということもないが、 そもそも日本語のどのあたりを指しているのだろうか。

日本語も漢語ではなくヤマト言葉ではいけないのだろうか。
英語がおしゃれだった時代はもう古く、むしろヤマト言葉や擬音語から派生した言葉あたりの方があたらしい匂いを感じる。
そういえば愛読書の「星の王子様」が同じことをいっていた。
パウロ・コエーリョの「アルケミスト - 夢を旅した少年」も同じことをテーマにしていた。
古今東西で同じことを語られるとなるとこれは究極の真理なのかもしれない。

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「等覚一転名字妙覚」という法華経のことばがある。
等覚(菩薩の最高位)の先に妙覚(究極の覚り)があるのではなく、究極の覚りは足下にある、という意味である。
私自身大阪にいて大阪の環境でデザインをしているのにもかかわらず、デザインがついつい西洋風になってしまう。 自身が吸収し、みている世界は日本であり、大阪である。
大阪で考え、大阪でつくり、大阪のにおいを日々嗅いでいる。 それにもかかわらずデザインをしだすと西欧風を基本にしてしまう。

大阪風、なにわ風にするという意味ではない。本当に自分の中からでてきたものだろうか、どういう意味でこのデザインになったのか。

英語をカタカナ語で日常的にとりいれている日本で英語ではいけないということもないが、 そもそも日本語のどのあたりを指しているのだろうか。

日本語も漢語ではなくヤマト言葉ではいけないのだろうか。英語がおしゃれだった時代はもう古く、むしろヤマト言葉や擬音語から派生した言葉あたりの方があたらしい匂いを感じる。

そういえば愛読書の「星の王子様」が同じことをいっていた。 パウロ・コエーリョの「アルケミスト - 夢を旅した少年」も同じことをテーマにしていた。 古今東西で同じことを語られるとなるとこれは究極の真理なのかもしれない。