2024年の能登半島地震は、奥能登の美しい景観を一変させた。
輪島市や珠洲市(すずし)の海岸線で見られた最大4メートルにおよぶ地盤隆起は、数千年に一度とも言われる地球の凄まじい地殻変動の記録である。
現在、石川県や地元自治体はこの驚異的な「大地の遺産」を震災遺構として保全し、未来への教訓とするため、国内の「日本ジオパーク」認定に向けた調整を進めている。
しかし、この動きの前に立ちはだかるのが、被災した住民の複雑な感情との「折り合い」という極めて繊細な壁である。
学術的に見れば、海中から一瞬にして姿を現した干上がった岩場は世界的な「宝物」だ。
しかし、大切な家族や住み慣れた家、平穏な日常を奪われた被災者にとって、それは今なお生々しい恐怖と悲しみを呼び起こす「トラウマの象徴」にほかならない。
地元からは「毎日見るのがつらい」「いっそすべて片付けて、早くきれいにしてほしい」という切実な本音も漏れ聞こえる。
これらを単なる「少数派の意見」として切り捨て、行政主導の多数決で片付けることは、当事者の心を二重に傷つける結果になりかねない。
かつて東日本大震災の際、宮城県気仙沼市では津波で陸に打ち上げられた大型漁船をめぐり、全市民の7割が「保存」を望んだにもかかわらず、最終的には解体された。
船のすぐ近くで最愛の人を亡くした遺族や、港で日々働く元住民の「見るのが耐えがたい」という痛みを、街全体が最優先したからである。
それでもなお、能登がジオパークという枠組みに挑む背景には、単なる地質保存を超えた「防災教育の意義」と「長期的リバウンドを狙う経済的効果」という、地域の存続をかけた2つの大きな大義がある。
まず、防災教育としての価値は計り知れない。
人間の記憶は、時間が経てば驚くほど風化してしまう。
しかし、目の前に現存する巨大な隆起海岸や崩落した地形という「生きた物証」は、教科書の文字や映像をはるかに陸駕(りくが)する説得力を持つ。
次の世代や国内外から訪れる人々が、地球のダイナミズムと災害の脅威をリアルに体感し、「そのときどう逃げるべきか」を学ぶ場にすることで、将来の災害における犠牲者を確実に減らすことができる。
さらに、過疎化と高齢化にあえぐ奥能登において、ジオパーク認定は持続可能な「地域経済の起爆剤」にもなり得る。
世界的に認められたブランドは、単なる一過性の物見遊山ではなく、研究者や学生、環境意識の高い旅行者を年間を通じて呼び込む「ジオツーリズム」の基盤となる。
専門ガイドの育成による新たな雇用の創出、大地が育んだ独自の「里山里海」の食材や伝統工芸を絡めた高付加価値なお土産の開発など、地域全体にお金が循環する自立型の経済モデルを構築できる可能性を秘めている。
では、この巨大な「大義」と、住民の「つらい感情」をどうやって折り合わせるべきなのか。
その決定的な解決策の一つとして期待されるのが、「あそび」の要素を取り入れたコミュニケーションとエデュケーション(エデュテイメント)の導入である。
震災遺構を単なる「悲しみの場所」や「お勉強の対象」として突きつけるのではなく、能登の豊かな文化と地形のつながりを楽しくシミュレーションできる「あそび」に変えるのだ。
例えば、能登伝統の魚醤油「いしり」をテーマにしたゲームを想像してみてほしい。
いしりの原料となるイカやイワシが豊富に獲れるのは、リアス海岸をはじめとする能登特有の複雑な湾の地形があるからだ。
さらに、それを発酵させるための奥能登の気候や地層の特性など、「能登の地形と文化」のパズルがすべて噛み合って初めて、美味しいいしりが完成する。
もしプレイヤーがゲームの中で、能登以外の気候を選んでしまったり、魚の割合を間違えたりすると、ブレンドが変わってタイの「ナンプラー」や秋田の「しょっつる」など、別の美味しい魚醤が完成してしまう。
それにもかかわらず、仕上げに無理やり「能登のいしり」というシールを貼ろうとすると、音センサーや画面から「ぶぶー!これはナンプラーです!」と賑やかな警告音が鳴り響き、同時にチャンポンの軽快なリズムに乗ったタイの民族音楽が陽気に流れ出すのだ。貼ろうとしたシールもペロッと剥がれ落ちてしまう。
そんなギミックを通じて、子供たちや観光客は「私たちの愛する食文化は、この能登の大地と気候が奇跡的に合わさって作られていたんだ」と、笑いながら直感的に学ぶことができる。
こうした「あそび」を媒介にすることで、重苦しかった議論は、世代や地域を超えた笑顔のコミュニケーションへと姿を変える。
外から訪れる人々が能登の自然をゲーム感覚で楽しみ、地域の熱烈なファンになっていく姿を見ることは、被災した住民にとっても「自分たちの故郷はこれほど価値があり、人々に笑顔を届ける場所なんだ」という誇りを取り戻すきっかけになり得る。
大地の傷跡を「消し去りたい過去」にするのではなく、「あそび」と「学び」の力で、人々が自然と集まり、笑顔が生まれる未来への遺産へと変えていく。
能登が導き出そうとしている折り合いの答えは、これからの日本が災害の記憶をどう受け入れ、大地と共に前を向いて生き直すかという、最も優しく、線引きの先にある力強い道標になるはずだ。
