パーパス経営、つまりなんのために企業は存在しているかという社会的な存在意義が本格化している。
これはカッコをつけて、また経営学者を食べさせるための話ではない。
あきらかに社会的な存在意義のない企業や組織は社会にいらない、消滅させられるという意味だ。
ホワイト社会が窮屈だ、だから都会から離れて田舎で暮らそうという逃走ももはや難しい。
SNSがここにはないのかというくらいおかしな地域がたまにあって、おかしなことになっているが
おかしなことでいられるのも時間の問題である。
ホワイト社会が再度ブラック社会やグレー社会、オフホワイト社会に戻るとは思えない。
宮迫あたりが再度芸能界に戻られたとしたら、再度オフホワイト社会への回帰ということになりそうだが、
彼が存命の間は無理かもしれない。
社会が一周するのに40年から50年かかるのが歴史の教訓だ。
宮迫はいま56歳なので100歳越えたあたりで、再度オフホワイト社会へ回帰し、芸能活動再開となるかもしれないが
下支えとしてAIが倫理の最低限を担うので、原理的に社会がオフホワイトへ回帰することはまずなさそうだ。
パーパス経営ができていない企業や組織は壊滅する、というのがAI社会=倫理資本主義の回答ではないか。
タイパや合理主義、最適化をよしとしてきたからこうなった。
そうそう三丁目の夕日、昭和の原風景にがもどれない。
そういいう地域をつくってそこで独立自活するしかない。
社会のOSそのものがもうすでに書き換わっていることにきづくべきだ。